著者
岡内 一樹
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究全体の目的は、第二次世界大戦後の西ドイツ・ルール地方における環境意識の変容を、一次資料の分析によって明らかにすることである。本年度は、1960年代後半から80年代前半までの時期の森林行政・自然保護行政関連文書を、主な分析対象とした。分析の結果として、散策・保養地としての森林に対するルール地方住民の関心が、1960年代にとりわけ高まったことを明らかにした。この動向は、モータリゼーションの進展と週5日労働制(週休2日制)の普及によって、市民が手軽な移動手段と多くの余暇時間を手に入れたことを背景としていた。これを受けて、ルール地方を含む州であるノルトライン=ヴェストファーレン州では1969年に森林法が改正され、第三者の私有林に散策・保養目的で立ち入ることが法的に認められるに至った。同法は、これに続いて制定ないし改正された他州の森林法、さらには1975年に制定された西ドイツ森林法にも、少なからず影響を与えた。この分析結果の学術的な意義は、先行研究とはやや異なる歴史解釈を提示できたことにある。1960年代末から70年代にかけての西ドイツにおける様々な環境立法の整備については、同時期の国際的な環境保護運動の高まりを受けた動向と解釈されるのが、通例であった。この時期の環境保護運動は、自然環境を人間社会の発展によって失われていく存在と捉え、前者を後者から隔絶して「保護」することを重視する傾向にあった。しかしながら森林法の整備においては、それに先立つ60年代からの、市民の散策・保養地として森林を「利用」するという議論が、契機となっていたのである。また、このようなドイツにおける歴史的経緯を明らかにしたことは、狭義の林業(木材生産)という論点に縛られがちな、現代の日本における森林関連諸法をめぐる議論を再考するにあたっても、重要な視座をもたらしうると考えられる。