- 著者
-
岡崎 和夫
- 出版者
- 日本語学会
- 雑誌
- 日本語の研究 (ISSN:13495119)
- 巻号頁・発行日
- vol.7, no.3, pp.33-48, 2011-07
この稿は、暦日の吉凶の謂いの表出をになう語の歴史的探究を目的とし、『高倉院厳島御幸記』、『古今著聞集』、『愚管抄』、『春のみ山路』、『鎌倉遺文』、『延慶本平家物語』など中世前期(鎌倉期)ごろの日本語を反映するとみとめられる諸資料を中心にその用例、またその用例に関する注釈的見解について検証を試み、(1)院政期までと同様、鎌倉期に至ってもなお「ひなみ」の暦日語としての確例は容易に見出し難いと判断される。(2)(1)にもかかわらず、『古今著聞集』や『愚管抄』など漢字表記例「日次」の認められる本文のばあい、従来の注釈的諸研究は、いずれも、その根拠を提示しないまま「ひなみ」の語としての認定がなされており、あらためて古代の暦日語彙のありようをふまえ、先入的認識を排除したたしかな知見の構築が求められる。(3)平安朝期全般にわたって、物語、日記、説話ほかの諸作品本文に暦日の吉凶の意をあらわす専用の語としておおくの確例のみとめられた「ひついで」は、なお、こののちも鎌倉期以降の資料においてもその確例をみとめ得るが、これまでのところ、管見に入った用例は何れも中世後期(室町末期)内に摂せられる。(4)(3)のいっぽう、「ひがら」は、暦日の吉凶の謂いの確実な古例がすでに鎌倉中後期にみとめられ、ひきつづいてのちの時期にも確例がみとめられるが、中世期全般を総じても、管見に入った総用例数は僅少である。の諸点をはじめとして日本語史にかかわるあらたな知見を呈示する。