著者
岩島 史
出版者
ジェンダー史学会
雑誌
ジェンダー史学 (ISSN:18804357)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.37-53, 2012 (Released:2013-11-30)
参考文献数
35

本稿は、戦後の民主化政策の一環として行われた生活改善普及事業を「農村女性政策」ととらえ、その政策展開の特徴を生活改良普及員のジェンダー規範を通して明らかにすることを目的とする。本稿の課題は、1950~60年代に農林省が発行した生活改良普及員の事例集の分析から、普及員が働きかける対象領域の設定にみられるジェンダー規範と、その領域設定の背後にある女性の役割に対する規範を明らかにすることである。事例集において、1950年代に最も多くとりあげられた「問題」は農村の「古さ」や女性の過労であったが、生活改善課題として最もとりくまれたのはかまど・台所改善と料理講習であり、食・台所の領域に偏っていた。これは普及員にとって台所が女性の苦難の象徴であったこと、そして普及員が女性であったために男性優位の農村のジェンダー秩序の中で口を出せる領域が限られていたためと考えられる。1960年代には主婦の労働時間の長さが「問題」とされたが、同時に家事をしないこと、子どもに気を配らないことも「問題」とされた。兼業化の進展によって農村女性は農業生産の主要な担い手となっていたが、普及員は主婦を「家庭管理の責任者」と位置づけた。これは、農業のみならず社会や家族関係の近代化を目標とする基本法農政と、人口学的に女性の「主婦化」が進んでいた時代背景とに起因すると考えられる。生活改善普及事業の展開の特徴として、1950年代は家事労働の効率化、無駄の排除、農繁期の生活調整が農林省の設定した目標であるが、女性である普及員を介在することで農村のジェンダー秩序が政策理念を制限した。1960年代には、農林省は健康維持、生活の合理化、育児と家庭教育、家族関係の民主化を改善目標として設定し、個々の農家の範囲を超えて地域社会での生活改善がめざされたが、家庭管理に重点をおく普及員のジェンダー規範によって政策理念は転換されたといえる。