著者
平井 裕香
出版者
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
雑誌
言語情報科学 (ISSN:13478931)
巻号頁・発行日
no.11, pp.241-257, 2013

『雪国』の地の文は、女を性的或は美的な対象の位置に押し込める一方で、自己を唯一の主体として特権化しようとする欲望を作中人物・島村と共有しながら、このホモソーシャルな共犯関係を「島村」という三人称の符牒により隠蔽する。そのような志向性を持つ語り手・島村の言葉に対して〈他者の言葉〉としてあると言える駒子・葉子の台詞は、地の文の言表行為の主体と主たる言表の主体たる島村の特異な関係ゆえに、語られる物語と語ることばの水準の差異を越えて地の文を逆照射する。二つの異質なコード・文脈の間でことばがふるえるとき、そしてそのふるえがテクストの他の位置にある同一語を介してテクスト全体に及ぶとき、語り手・島村のコード・文脈の偏向及びその背後にある志向性が露になる。『雪国』というテクストは、〈他者の言葉〉がこのように語りを脱臼させる過程をこそ提示している。以上のような複数の言葉の相互作用が織りなす動態をテクストの文体と呼び、作中人物の台詞を射程に含めた議論をこそテクストの文体論的分析と呼ぶならば、それは川端テクスト群及びそれを囲い込む言説の再検討において大きな方法論的意義を有すだろう。
著者
平井 裕香
出版者
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
雑誌
言語情報科学 (ISSN:13478931)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.241-257, 2013-03-01 (Released:2017-06-08)

『雪国』の地の文は、女を性的或は美的な対象の位置に押し込める一方で、自己を唯一の主体として特権化しようとする欲望を作中人物・島村と共有しながら、このホモソーシャルな共犯関係を「島村」という三人称の符牒により隠蔽する。そのような志向性を持つ語り手・島村の言葉に対して〈他者の言葉〉としてあると言える駒子・葉子の台詞は、地の文の言表行為の主体と主たる言表の主体たる島村の特異な関係ゆえに、語られる物語と語ることばの水準の差異を越えて地の文を逆照射する。二つの異質なコード・文脈の間でことばがふるえるとき、そしてそのふるえがテクストの他の位置にある同一語を介してテクスト全体に及ぶとき、語り手・島村のコード・文脈の偏向及びその背後にある志向性が露になる。『雪国』というテクストは、〈他者の言葉〉がこのように語りを脱臼させる過程をこそ提示している。以上のような複数の言葉の相互作用が織りなす動態をテクストの文体と呼び、作中人物の台詞を射程に含めた議論をこそテクストの文体論的分析と呼ぶならば、それは川端テクスト群及びそれを囲い込む言説の再検討において大きな方法論的意義を有すだろう。