著者
平野 郁子
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.120, pp.1-22, 2014-06-30

本研究は,発達障害のある人が障害者手帳をもって生きるとはどのような体験かを明らかにする目的で,手帳取得前後のエピソードを4 名の協力者から聞き取り,質的分析を行った。 協力者らは,葛藤の末に複雑な心境で取得を決断し,取得後は,手帳を役立つものとして活用していた。しかし,期待と異なる厳しい障害者雇用の現状や,健常者にも障害者にも成り切れない「どっちつかず」のアイデンティティの矛盾に直面するなかで、複雑な思いも抱いていた。 こうした様々な揺らぎに対し,協力者らは診断以前からある信念や価値観をもとに折り合おうとしていた。そして、本研究で語ることを通じて障害者手帳をもって生きる体験が“葛藤を抱えつつ社会と自分に折り合いながら生きること”として語られていった。
著者
平野 郁子
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.132, pp.45-57, 2018-08-30

昨今,自閉症スペクトラム者への自己理解支援が重視されているが,当事者にとっての自己理解の意義や支援方法が十分に整理されているとは言い難い。そこで本稿では文献検討により自己理解支援の課題を整理した。自己理解には多様な意味があるが,支援は障害特性に焦点化しやすく,問題の原因を脱文脈的に本人に帰属しやすい問題があり,トータルな個人としての自己を捉える必要があると考えられた。一方,当事者の語りを重視するナラティヴアプローチや当事者研究では,応答的な語りが当事者の自己の回復や生きにくさの軽減につながることが示唆されている。ここからは当事者性を広義に捉えれば立場の違う同士であっても対話を通じて自己理解が展開される可能性が考えられる。しかし,当事者にとっての自己理解の意義や立場の異なる者とのかかわりのなかでどのように自己理解が紡がれるのかは明らかではなく,さらなる質的検討が必要である。