著者
広田 麻未
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>Ⅰ はじめに<br></b>現代の国際的労働力移動は,かつてない規模で,かつ質的な変化をともないながら展開している.大規模な人の国際的移動は,複雑な経済的,社会的,そしてエスニックなネットワークのなかに埋め込まれており,移民は,野放しに自由なのではなく,大きな制約を受け,構造化されている. 熟練性や言語などが問われない単純労働は,世界中誰でも従事することが可能であるといえ,低賃金で社会的地位の低い労働として捉えられている.先進国においてはこういった仕事の多くを途上国からの移民が担っており,国際的労働力移動における先進国と途上国の間の問題としてしばしば議論されている. 英語教師としての出稼ぎは,労働力の送出国と受入国の間の英語力の差を背景として移動が発生しており,経済格差を背景とした,先進国への安い労働力としての出稼ぎとは異なる出稼ぎと捉えることができる.そこで本稿では,フィリピンからカンボジアへの英語教師としての労働力移動に着目し,先進国への非熟練労働者の出稼ぎとのキャリア形成における共通点及び相違点を明らかにする. <br><b><br>Ⅱ カンボジアにおける英語教育サービスの成長<br></b>カンボジアの英語教育サービスは,公教育の不備を補うように発展しており,就学前児童および義務教育段階の子どもを対象とした英語学校が主体となっている.カンボジア教育省が,初等教育における遅延入学,留年,中退といった課題の解決のため,就学前教育を推進していること,また,教育省の認可によって,民間の英語学校が,義務教育にあたる「クメール語教育」を提供できることが背景にある. また,調査を行った41校の英語学校のうち36校は外国人の教師を,23校はフィリピン人教師を雇用しており,そのうち11校では外国人のうち3分の2以上がフィリピン人であった. <br><b><br>Ⅲ 出稼ぎ英語教師のキャリア形成</b><br>フィリピン人の英語教師としての出稼ぎは,性別,結婚歴で異なるキャリアがあることがわかった.男性は,世帯内での経済貢献意識が強くなく,稼業目的以上に「英語力をいかしたい」,「海外で挑戦してみたい」といった個人的な動機付けが強く,カンボジアを移住先に選んでいた.女性にとっては,これまで指摘されてきた「矛盾した階級移動」を経験することなく,学歴や前職との関連のある仕事によって経済的地位を向上させることができる出稼ぎとなっていた.また,ASEAN域内での移動であり,地理的な近さとビザ取得の容易さから,定期的にフィリピンに帰国することができ,既婚者(特に母親)がその出稼ぎを正当化することができていた. 彼らは移住先社会で,経済的・社会的地位が比較的高い仕事に従事しているといえ,先進国での自己犠牲的な出稼ぎのイメージとは異なる出稼ぎである.しかし,カンボジアの英語教育においては,ネイティブ・スピーカーであることや,白人であること,欧米諸国出身であることがよしとされる価値観があり,フィリピン人教師は,彼らの補佐的・代理的な役割を担っていることが明らかになった.英語力や教師としての能力・経験ではなく,国籍や見た目によって「人材の価値」が決められており,途上国間の移動であっても,労働市場においては先進国(欧米諸国)と途上国間の「人材の階層化」がなされていることが見て取れた.