著者
廣岡 浄進
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
人文学報 = Journal of humanities (ISSN:04490274)
巻号頁・発行日
no.106, pp.169-204, 2015

特集 : 領事館警察の研究間島出兵(1920-21年) に呼応して,在間島日本総領事館は朝鮮人民会の再編を進めた。民会に組織された朝鮮人は,移民として総じて弱い立場にあった朝鮮人の生活基盤を固めることに,その存在意義を見出していった。その要求が在満朝鮮人総体の帰趨に関わるときには帝国 はそれに応じざるを得なかった。しかし,治外法権を領事館警察が行使するための方便として 活用された朝鮮人の「自治」は,それが満洲国において地方行政の桎梏とみなされるようになった時点で,「民族協和」を掲げる満洲国協和会へと合流させられた。 本稿は,植民地近代の隘路について考えた。朝鮮人民会においては,「親日派」になることが「民族」への敵対行為なのではなく,むしろ「民族」の生活を守りさらに改善するための交渉の 場を作り出すこととして再設定された。それはつまり,植民地帝国日本の人種主義に即応して, 帝国臣民として領事館警察の保護を受けるべき在満朝鮮人として主体化することでもあった。 在満朝鮮人の生活そのものが帝国の国策に重なりあうものとして指し示されたとき,そこに救済が発動されたのである。