著者
酒井 潤也 森中 義広 日野 工 廣戸 優尊
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI1179, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】脳卒中片麻痺者の歩行における特異的変形の一つに反張膝が挙げられる。反張膝の誘発原因の一つに、下腿三頭筋の高緊張による尖足にて下腿後方倒れを引き起こし、反張膝へと移行する高緊張型(尖足性)反張膝。もう一つは、下肢全体の低緊張にて立脚期の膝折れやスナッピング膝の歩行不安定、その恐怖感を解消するためロッキング歩行を意図的に行い反張膝に移行する低緊張型反張膝で、どちらも膝関節ロッキングによる長年の歩行継続で重症化、歩行困難へと陥る変形である。一般的な反張膝の予防・解決法として、短下肢装具による背屈位矯正で立脚期の下腿前倒しを強制的に行い、膝関節の屈曲モーメントを発生させる手段が多用される。我々は逆に足関節を過度に矯正せず底屈位でheel補高を行い、床面に対するSVA(Shank to Vertical Angle:下腿前傾角)を整え、立脚期に閉じた力学的連鎖(CKC:Closed Kinetic Chain)を形成する手法にて、歩行の推進力を損なわせず反張膝変形の進行・重症化予防を両立。今回、様々な片麻痺反張膝に対する本下肢装具療法の有効性を検証した。【対象】Case1.女性50歳、平成5年脳動静脈奇形Ope(左片麻痺)、下肢Br.stage4、SHB(背屈2度)装着。筋緊張軽度亢進、内反尖足と元々の膝関節ルーズニングにて反張膝を来たす。反張膝角度6度。Case2.男性78歳、平成1年脳梗塞発症(左片麻痺)、下肢Br.stage3、SHB(底背屈0度)装着。痙性麻痺の伸筋優位型、尖足による立脚期の膝ロッキング出現。日常の歩行量も多く、体重も重いため放置すれば重症化し歩行困難に陥る症例。反張膝10度。Case3.男性80歳、昭和55年脳出血(左片麻痺)、Br.stage3、SLB装着。筋緊張非常に亢進、強度尖足・ロッキング歩行を続けたことで強度反張膝変形を来たす。本下肢装具療法介入前に何度もSLB破損。反張膝30度。Case4.女性75歳、昭和63年脳梗塞発症(左片麻痺)、Br.stage4、低筋緊張にて膝の不安定性解消のため意図的なロッキング歩行、次第に反張膝が強くなった。反張膝25度。【説明による同意】報告する患者、家族には本下肢装具療法に対する費用と歩行訓練内容、歩行量、転倒リスク、訓練期間、撮影、学会発表など説明し同意を得ている。【方法】上述4症例に対し、反張膝変形の進行・重症化予防と歩行能力向上の目的で、足関節と膝関節の同時制御が可能なC.C.AD継手付P.KAFOを処方。評価項目は発症から本下肢装具療法介入までの期間、10m歩行スピード、歩数、重複歩距離の比較。また立脚期の膝過伸展(反張膝)角度の比較と反張膝の進行予防度合いを評価した。【結果】Case1.発症から9年経過し当院外来受診。P.KAFO Set up(足継手底屈3度後方制限、膝継手屈曲5度伸展制限)、患側heel1cm補高。10m歩行9秒→5秒、歩数24歩→14歩、重複歩距離83cm→143cm、立脚期の反張膝角度6度→0度。処方後6年経過の現在、他院の外来リハ通院中。反張膝変形は増悪なし、歩行レベルは維持出来ている。Case2.発症1年6ヶ月経過し外来受診。P.KAFO(足継手底屈2度後方制限、膝継手屈曲5度伸展制限)、患側heel1cm補高、健側補高1cm。10m歩行108秒→7秒、50歩→12歩、重複歩40 cm→166cm、反張膝角度10度→0度。処方後18年経過、反張膝は増悪なし、歩行レベル維持。Case3.発症15年、当院受診。P.KAFO(足継手なし底屈5度固定、膝継手屈曲10度伸展制限)、患側heel2cm補高、健側補高2.5 cm。10m30秒→20秒、34歩→24歩、重複歩59 cm→83cm、反張膝30度→0度。処方後7年経過、反張膝は増悪なし、歩行レベル維持。Case4.発症1年、当院入院。P.KAFO(足底屈5度後方制限、膝屈曲10度伸展制限)、患側heel2cm補高、健側補高2.5 cm。10m34秒→22秒、29歩→22歩、重複歩69 cm→90cm、反張膝30度→0度。処方後11年間は反張膝増悪なく歩行レベルは維持していたが、脳梗塞再発により歩行不能となった。【考察】反張膝変形の本矯正装具に求められる方法は、1.過度な背屈矯正をしない(下腿三頭筋の過度なストレッチを防ぎ、疼痛軽減や装具との反発を解消)、2.底屈位の足関節を床面から垂直に立ち上げる麻痺側heel補高(下腿後方倒れ防止)、3.麻痺側heel補高に合わせた健側補高(骨盤の左右差を調整、麻痺側振り出しスペースの確保)、4.膝継手を使用し適度な伸展位(屈曲位)制御で膝関節の保護を行う。ことが有効と考える。【理学療法学研究としての意義】反張膝に対する膝関節の制御には、足底からのSVAを整えた膝関節を中心としたCKCの形成原理に基づき装具処方を再考すべきである。