著者
張 明楷
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.31-56, 2015-03-30

「罪刑法定主義」について,新中国(中華人民共和国)が建国されて以来,三つの時代に分けてその変遷を捉えることができる。すなわち,⑴刑法典が存在しなかった時代,⑵旧刑法の時代,⑶新刑法の時代である。(以上Ⅰ) 「法律主義」については,犯罪とその効果を規定する法律は,全国人民代表大会及びその常務委員会しか定めることができず,各省の人民代表大会は刑法の罰則を定めることができない。これについて,慣習法,判例,命令が問題になる。(以上 Ⅱ) 「遡及処罰の禁止」については,2011年4月以前は,中国の司法機関は遡及効に対して,当時採用していた犯行時の規定あるいは刑罰が軽い規定によるという原則(刑法第12条)を遵守していたが,2011年2月25日に《刑法修正案㈧》が可決された後は,司法解釈に遡及処罰の規定が現れてきた。(以上Ⅲ) 「類推解釈」については,現行刑法が罪刑法定主義を定めて以来,中国における司法人員ができる限り類推解釈の手法を避けていることが理解できるが,それにもかかわらず,類推解釈の判決が依然として存在している。一方で,罪刑法定主義に違反することを懸念して,刑法を解釈することを差し控える現象もある。(以上Ⅳ) 「明確性」については,刑事立法に関する要請であり,立法権に加える制限だと考えられている。他の法理論においては,刑法理論のように法律の明確性を求めるものはないといえる。その意味で,罪刑法定主義の要請は,明確性の原則に最大の貢献をもたらした。(以上Ⅴ) 「残虐な刑罰の禁止」については,総合的に言えば,中国刑法で定められている法定刑は比較的厳格であり,経済犯罪においては少なくない条文に死刑が定められている。(以上Ⅵ)