著者
姜 暻來
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.75-102, 2012-09-30

近年、韓国では、児童を対象とする凶悪な性暴力犯罪に対処するため、2000年に性犯罪者の身上公開制度(インターネットでの性犯罪者の個人情報の公開及び閲覧制度)、2005年に電子監視制度(性犯罪者へのGPS機能を搭載した電子足輪の装着)、さらに、2008年には、性的倒錯(小児性的嗜好及び加虐性愛)等の性的性癖がある者を治療監護対象者とする新たな対策を次々と導入してきた。しかし、その後にも児童を対象する凶悪な性暴力犯罪が発生したため、化学的去勢(chemical castration)を主な内容とする「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」を2010年に制定し、2011年7月から施行している。これは、性犯罪者に対する薬物治療を通して性衝動を抑制することで、再犯を防止することを内容とする制裁手段の一つであるが、身体に直接影響を与えるために人権侵害等の問題等が指摘されている。そこで本稿では、化学的去勢の意義と効果、「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」の概要等に対して分析を加え、韓国の化学的去勢に関して論議されている問題点について論じることにした。
著者
楢﨑 みどり
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.215-237, 2022-09-30

本稿で取り上げる東京地裁令和3年2月17日判決(平31(ワ)7514号)は,離婚後の単独親権を定めた民法の規定を改廃する立法措置を執らない立法不作為について国家賠償法上の違法性を否定した初めての判決である。本件は,日本人同士の日本での離婚により親権者とされなかった父親による訴えであり,事実関係に渉外性はないが,裁判上の離婚により親の一方のみが親権者として指定される離婚後の単独親権制度(民法819条2項)の改廃の必要性について,憲法13条,14条1項,24条2項のほか,自由権規約,児童の権利条約,子の奪取に関するハーグ条約といった国際条約の諸規定(ハーグ条約については条約の理念)を取り上げており,また,外国で離婚した父母の戸籍上では離婚後の共同親権が記載される現行の戸籍実務につき,外国裁判の承認による結果にすぎないと述べている点で,国際私法の観点からの検討に適うところがあると思われたため,判例研究として検討を行ったものである。
著者
藤田 尚 野村 貴光
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.3, pp.411-440, 2012-12-30

近年、我が国の少年法は、度々改正がなされているが、その内容を見る限り、少年の立場からなされたものというよりは、犯罪被害者や世論を受けて改正がなされているように思われる。その結果、少年法の理念からかけ離れ、徐々に厳罰化へ進んでいるような感が否めない。1980年代後半から、アメリカでは現在の日本と同様の動きが見られ、今もその動向は続いていると信じられているが、実際には、現在のアメリカでは、少年司法における厳罰主義に歯止めがかかり、その厳罰化からの転換は、特に諸州における州法の改正という形を取って顕著に現われている。 そこで、本稿は、アメリカ少年司法制度の経緯を概観し、この新動向について主に各州の傾向を詳細に検討した上で、今後の日本の少年司法制度の在り方について論じる。/近年、修復的司法が過去に達成した偉業、修復的司法の現在の状態、そして、将来において修復的司法が那辺に向おうとしているのかについて、欧米において問題提起がなされている。すなわち、古くは世界各国における先住民の文化及び宗教的伝統に起源をもつ和解及び紛争解決の実践から生まれ、その後、欧米諸国においては1970年代から草の根運動として始まり、2012年現在、さまざまな諸原理及び諸政策を内包する社会運動にまで進化を遂げた修復的司法の軌跡に対する再検討を通じて、修復的司法を進化させていくための必要条件を模索し、探求しようという動向が、欧米において発生するに至っている。 思うに、被害者政策としての修復的司法の必要条件を探求することは、被害者政策の手段としての修復的司法の将来的発展に寄与し、被害者の人権の保障につながる結果となるが故に、修復的司法の必要条件を探求することには意義が認められよう。そこで、本稿においては、究極的に被害者の人権保障の貫徹を目指すという動機から、修復的司法の必要条件を探求することを目的とし、被害者政策としての修復的司法に必要とされているものは何かとの問題提起を行い、その問題につき法律学、被害者学及び社会学的視角から、考察し、修復的司法の必要条件に対する理論的帰結を導出することにしたい。
著者
髙良 幸哉
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.129-156, 2017-12-30

児童ポルノ規制の保護法益に関し,わが国においては被写体児童の保護という個人的法益に基礎をおく見解が長く通説的見解であったが,2014年の児童ポルノ法改正における児童ポルノ単純所持罪の新設により,かかる観点からの理論づけが困難になっている。さらに,東京高判平成29年1月24日判例集未登載(Westlaw 文献番号:2017WLJPCA01246001)において,児童ポルノの保護法益について社会的法益から説明する裁判例も登場するなど,児童ポルノ規制を巡る状況は変化している。一方,わが国の刑法が範とするドイツにおいては,被写体児童の保護の観点を踏まえつつ,将来害される恐れのある児童の保護という観点を取り込み,仮想児童ポルノ規制や単純所持規制についての根拠づけを図っている。そこでは児童ポルノ規制の保護法益と規制目的を意識した検討がなされている。本稿は,ドイツにおける児童ポルノ規制をめぐる議論を参照し,児童ポルノ規制の保護法益と児童ポルノの規制目的を明らかにし,近時の児童ポルノ規制をめぐる諸論点について検討するものである。
著者
髙良 幸哉
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.277-303, 2014-12-30

2014年第186回国会において児童買春,児童ポルノにかかる行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下児童ポルノ法)の改正がなされ,児童ポルノの単純所持罪が規定された。性刑法をめぐってはインターネットの発展に伴い,国境を越えた対策が必要となっている。かかる傾向において,我が国でも児童ポルノ規制が強化されるに至った。しかし,改正児童ポルノ法についてはなおも定義の曖昧さなど批判のあるところである。児童ポルノ規制については,欧米においては我が国に先だって,その定義や行為態様について規定がある。我が国の刑法が範とするドイツにおいても,1973年以降数度に渡り,性刑法に関する主要な改正がなされている。その中でも1993年,2003年,2007年改正においては児童ポルノと青少年ポルノに関連して,ドイツ刑法上重要な改正がなされている。その背景となる保護法益に関する議論や行為態様に関する議論は,我が国における児童ポルノ規制に関する法解釈および,今後の刑事立法を含めた議論において参考となる点も多い。本稿は,ドイツにおける性刑法の法状況,とりわけ,児童ポルノ規制(StGB184b条)青少年ポルノ規制(同184c条)をめぐる法状況を概観し,我が国の児童ポルノ単純所持に関して,児童ポルノマーケットへの影響という客観的な基準を用いることで,規制範囲の不当な拡大を制限することを示すものである。
著者
中田 達也
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.187-216, 2014-12-30

2014年8月現在,日本,中国および韓国は,いずれも水中文化遺産保護条約の締約国になっていない。アジアでは,カンボジアが2007年11月に同条約を批准したのみである。しかし,筆者がアジア太平洋水中文化遺産会議に初回(2011年11月8~12日,マニラ),第2回(2014年5月12~16日,ハワイ)と参加・発表したときに感じたのは,この条約の批准の可否とは別に,アジアの多くの国で相当程度に水中文化遺産を対象とする国内行政が進んでいるということであった。国連海洋法条約が設定したいわゆる主権的権利は生物資源と非生物資源に特化された権利(むろんその背後にそれに伴う義務もあるが)であるが,水中文化遺産を対象とする広範な沿岸国管轄権(刑事管轄権を含む)を新たに設定した立法条約たる水中文化遺産保護条約は,向かい合う大陸棚の線引きの問題に加え島嶼や水中文化遺産の存在をめぐる海洋権益の問題など,優れて現代的な海洋法の問題も内包しているがゆえに,条約の批准状況だけを見ていたのでは,条約の普遍性を判断できない(水中文化遺産条約は一切の留保が認められない)。そこで,本稿では,一衣帯水の距離にある日中韓の水中文化遺産行政を比較検討しながら,日本の行政の特徴を浮き彫りにし,その課題を展望する。具体的には,中国,韓国および日本の順に,水中文化遺産をめぐる国内法制がどのような経緯で出来て,それがどのようにして現在に至っているのかを関連法を参照しつつ明示し,それらを比較するという手法を採る。その際,上述したアジアの国際会議に参加したときのプロシーディングズやその過程で出逢った方々の貴重なコメントや資料に基づいて本稿を作成した。本稿の最大の特徴は,日中韓の水中文化遺産行政の最前線を示している点と,日本の最大の特色である文化財保護法にいう「周知の埋蔵文化財包蔵地」という文言が,水中文化遺産とどのように関連しているのかを掘り下げた点である。
著者
力丸 祥子
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.127-188, 2019

フランスにおいては,2013年5月に同性婚が合法化され,同時に同性間カップルが子を持つ権利についても法律で認められた。そのため,現在ではその議論の中心は同性婚自体ではなく,同性間カップルが子を持つ権利に移っている。このように,2013年の法律においては,確かに子を持つ権利についても認められたものの,生命倫理法は,人工生殖をなし得るカップルは異性間カップルに限るという立場を打ち出しており,同性間カップルが子をもうける手段として人工生殖という手段を用いることはできなかった。 このような法律間の齟齬は最近まで続いたが,2017年の大統領選の際に,現大統領のマクロン氏が人工生殖を女性一般に広げることに好意的な見解を公約において示して以来,一挙に生命倫理法改正への動きとなったものである。国の倫理検討委員会(CCNE)は,色々と検討すべき点はあると述べており,委員の少数派はなお慎重であるべき,という見解を述べてはいるものの,総論としては女性一般に医療補助生殖を拡大することに好意的な立場を示している。対する代理出産に関しては,一貫して合法化する意図がないという姿勢を崩してはいない。 国民のうちにも賛否両論がある。すなわち,改正の方向に賛成する者がいる一方で,このように医療補助生殖を認める範囲を拡大するならば,配偶子の不足の可能性も生じ,その結果,現在前提としている無償性の原則が崩れる可能性があることを懸念する者,また,配偶子の提供については匿名性の原則が支配しているが,この原則と,子が自己の出自を知る権利との関係も問題になると指摘する者等さまざまである。 本稿においては,CCNEの報告書や他機関の報告書,民間調査会社の様々な統計の結果を参照しつつ,同性間カップルが子を持つ権利に関する問題に対する国や国民の見解を明らかにするとともに,予定される生命倫理法改正の方向性を明らかにすることをその目的とする。
著者
姜 暻來
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.75-102, 2012

近年、韓国では、児童を対象とする凶悪な性暴力犯罪に対処するため、2000年に性犯罪者の身上公開制度(インターネットでの性犯罪者の個人情報の公開及び閲覧制度)、2005年に電子監視制度(性犯罪者へのGPS機能を搭載した電子足輪の装着)、さらに、2008年には、性的倒錯(小児性的嗜好及び加虐性愛)等の性的性癖がある者を治療監護対象者とする新たな対策を次々と導入してきた。しかし、その後にも児童を対象する凶悪な性暴力犯罪が発生したため、化学的去勢(chemical castration)を主な内容とする「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」を2010年に制定し、2011年7月から施行している。これは、性犯罪者に対する薬物治療を通して性衝動を抑制することで、再犯を防止することを内容とする制裁手段の一つであるが、身体に直接影響を与えるために人権侵害等の問題等が指摘されている。そこで本稿では、化学的去勢の意義と効果、「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」の概要等に対して分析を加え、韓国の化学的去勢に関して論議されている問題点について論じることにした。
著者
ヴェルナー リアーネ 只木 誠 根津 洸希
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.27-67, 2020

本稿は,近時ドイツにて大きな論争となり政治的対立にまで発展した刑事立法,ドイツ刑法219条a第4項(人工妊娠中絶についての宣伝禁止の例外)の新設に至る経緯とその問題性を扱っている。 同項の新設は,Kristina Hänel医師が自身のウェブサイトにて人工妊娠中絶について詳細な情報を提供したことがドイツ刑法219条aの罪に問われた事件を契機とするが,その際の同項新設を巡る政策論争は党派色に染まり,問題の本質が見逃されていた,と筆者は指摘する。それゆえ,あらためて,冷静に,ドイツ刑法219条aがいかなる経緯で制定されるに至ったのか,なにゆえ他の法領域ではなく刑法によって規律されねばならないのか,人工妊娠中絶に関する他の規定といかなる関係にあり,その体系の中でいかなる意義が認められるのか,その意義(規範の保護目的)に沿った合憲的な解釈とはいかなるものであるのかにつき検討している。結論として,筆者は,近時新たに追加された第4項の例外条項によって,合憲的解釈がむしろ困難となってしまっていると指摘する。
著者
21世紀コーポレート・ガバナンス研究会 廖 海濤
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.181-215, 2021

日本では,株主代表訴訟において,取締役の善管注意義務違反を判示する裁判例は少なくない。特に,取締役の会社に対する責任について,昭和25(1950)年商法改正に伴い,取締役の権限を著しく拡大強化したために,従来の委任契約による善管注意義務のほか,忠実義務が加えられた。 上記の両義務については,従来から最高裁の判例では,忠実義務は「…通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の,高度な義務を規定したものと解することができない」(最判昭和45・6・24民集24巻6号625頁八幡製鉄政治献金事件)の旨を示し,この見解は学説上では同質説とも呼ばれている。この同質説は,日本の商法学界において,広い層の支持を受けており,通説ともなっている。他方,忠実義務がアメリカ法の沿革から,善管注意義務とは区別された義務と説かれ,その上に義務違反者の過失の有無等が問題とされるとし,両義務を別個な内容と理解しようとして,善管注意義務と忠実義務とはその性質を異質とする見解(異質説)が,最近では有力となりつつある。異質説によれば,取締役が,株主利益の最大化を図るために,会社の職務を履行(意思決定等)する際に善管注意義務を負っている(会330条→民644条)が,この善管注意義務は,「株主の利益を最大化する」という結果実現を目的とした結果債務ではなく,「株主の利益を最大化する最善を尽くす」という手段債務に過ぎないことになる。 本稿は,アメリカの制定法上における取締役会の権限を解明し,取締役会の構成員である取締役が会社および株主との関係に基づき,とりわけ,取締役の信認義務の法的構造を分析することによって,制定法上における取締役の善管注意義務および忠実義務が異なる性質であることを明らかにし,日本法における取締役等の民事責任を追及する際に,若干の示唆を得ることを目的とする。
著者
鄭 翔
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.151-170, 2018

第二次世界大戦においてナチスドイツはユダヤ人に対して人類の歴史上でも類をみない卑劣な民族絶滅を実行した。ナチス幹部やその追従者の責任追及は戦後のドイツにとって重く困難な課題であった。ナチスの指導者であったヒトラー,最高幹部であったゲッベルス,ヒムラーらはすでに自殺していたが,ボルマン,ゲーリング,ヘスらは国際軍事法廷で裁かれた。その後も多くの関与者が国内法に基づいて訴追され,刑法においては主として謀殺罪(ドイツ刑法211条)の解釈とその共犯の成否をめぐって様々な議論が続けられてきた。もっとも年月の経過に伴う被疑者の高齢化,証拠による立証の困難性,政治状況の変化等の事情から,ドイツの裁判所で審理される件数が次第に減少し,近年では2011年のLG判決が目につく程度である。本件はしばらく顕在化しなかったSS隊員の裁判として社会の耳目を集めたようである。そこで,本稿は本決定の刑法解釈論上の問題点を明らかにしたうえで,それ以外の問題について,これまでに参照した評釈を紹介したいと思う。
著者
ポッシャー ラルフ 松原 光宏 土屋 武
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.115-136, 2013

人間の尊厳の絶対性をめぐっては,とくに9.11テロ以後,議論が再燃している。人間の尊厳の保障の相対化可能性を明示的に認める者もあらわれている。 ポッシャーは,本論文において,人間の尊厳が法ドグマーティクにおいて絶対性をもつものとされることは,法ドグマーティクの内的視点のレベルの目的合理性判断では説明できるものではないとし,社会学(法社会学)を手がかりに,この点に検討を加える。そして,①人間の尊厳は単なる禁止を超えたタブーとしての性格を持ち,そもそもそれを主題化することも禁止され,これに触れる行為については目的合理性に基づく衡量には服しない,②人間の尊厳の相対化を認めると,その例外がインフレ化することから,人間の尊厳の侵害を法的なタブーとし,その違反に制裁を科すことで, 「悲劇的選択」の濫用を防ぐ,③それでもなお人間の尊厳を侵害しなければならない極めて例外的ケースも理論上は存在するがその場合は法的制裁を受ける覚悟のもとで,個人の倫理的責任によりタブー破りが行われる,そして,社会は「悲劇的選択」の処理からわかるように,法と倫理の構造的カップリングが対抗的な形で行われることになる,ことなどを指摘する。
著者
稲垣 行子
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.83-107, 2021-12-30

公立図書館が行う図書(書籍)の貸出しは,図書館法の無料原則により利用者から利用料を徴収していないのが現状である。著作者の中でも職業作家は,公立図書館が行う図書の無料貸出しにより,引き起こされる損失部分について,何等かの報酬を得ることを希望するようになった。 欧州諸国では,「著作者の著作物が,図書館の図書の貸出しにより引き起こされた収入源の損失に対して,報酬を著作者に与える権利を認める」という制度を構築してきた。この制度は公貸権制度と呼ばれ,この報酬請求権を公貸権としている。公貸権は,著作者が被る損失の補填をするという報酬請求権であり,経済的な権利である。 公貸権制度は条約や協定のない制度であるが,EU加盟国を中心に,現在34か国で導入されている。日本を含めてアジア諸国では,図書館の書籍の貸出しに対して,著作者に損失補填をするという考え方になじまないようで,公貸権制度を導入する国がなかった。 2019年12月31日に台湾が,教育部及び文化部(部は日本の省レベル)が国立公共資訊図書館及び国立台湾図書館において,2020年1月1日から2022年12月31日までの期間に,公貸権を試行導入することを発表した。さらにWIPOの2020年著作権等常任理事会(SCCR)39thの会合で,シエラレオネ共和国が世界の公貸権制度の調査について発言した。SCCR40thの会合で,マラウイとパナマが共同提案国として加わった上で正式に提案している。今まで公貸権の制度がなかった国や地域が,導入や関心を持つようになっている。 本稿は,図書館の書籍(図書)の貸出しに関係する権利として,著作権法の貸与権について述べ,その上で公貸権との関係及び概要並びに現状などについて述べる。さらに新しく導入を検討している国の動向や,今後の方向性について述べていく。
著者
鈴木 博人
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.41-49, 2016-09-30

2016年1月30日に多摩キャンパスにおいて開催された日本比較法研究所と韓国・漢陽大学校法学研究所共催のシンポジウム「日本及び韓国における現在の法状況」における報告
著者
デュトゲ グンナー 海老澤 侑 鈴木 彰雄 谷井 悟司 鄭 翔 根津 洸希
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.47-73, 2018-12-30

本稿はProfessor Dr. Gunnar Duttge, Die „geschäftsmäßige Suizidassistenz“ (§217 StGB): Paradebeispiel für illegitimen Paternalismus!, in: ZStW 2017; 129(2), S. 448-466を筆者の許諾を得て翻訳したものである。 ドイツでは,近年,刑法217条「業としての自殺援助」の規定について,学問の枠を超えた議論が活発に行われている。本規定は,ドイツにおける自殺援助団体の活動が顕在化した際に成立したものであり,その点で,自殺の手助けが一種の「通常の健全なサービスの提供」になってしまうことや,「一定の(場合によってはたとえ無料でも)業務モデル」として定着してしまうことを防ごうとしたものといえる。しかし,近時下されたOLG Hamburg決定は,現実が真逆であることを物語っている。 本規定に自殺防止の目に見える効果が認められずまた,自殺を希望する者は,ドイツ以外の自殺援助サービスを用いるようになる。そのため,本規定は,自殺の予防につながるものではなく,結局のところ,自殺傾向というものは,個々人を具体的に分析してはじめて,治療的介入による緩和が可能となるのである。 刑法217条は,価値合理性の観点からは自由侵害性が高く,目的合理性の観点からは適切でないどころか,大きな害にすらなるとまとめざるを得ない。本来,刑罰を正当化するためには,問題となる行為に現実的な侵害リスクが内在していなければならない。また,自殺の意思決定を何らかの方法で容易にすることがただちに当罰的不法とされてはならない。加えて,「業務性」の著しい曖昧さを排除することも,今後同条を適用するにあたって重要となるであろう。
著者
リップ フォルカー 野沢 紀雅
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.55-82, 2018-09-30

本講演は,ドイツにおける扶養法の根拠を検討するものである。ここにいう根拠とは,扶養義務の社会・経済的あるいは倫理的な理由づけではなく,実定法における扶養義務の法解釈学的な根拠であり正当化を意味している。 本講演では,まず,実定扶養法の機能と意味,その歴史的生成過程,比較法的考察がなされ,その上で,現行扶養法の規律とその根拠が,子の扶養,親の扶養,その他の血族扶養および離婚後扶養の個別領域ごとに考察されている。 ドイツ民法制定当初は,婚姻と血族関係が扶養法の根拠であったが,現在では同性者間の生活パートナー関係と,婚外子の父母の共同の親性(gemeinsame Elternschaft)も扶養義務の根拠とされている。結論として,法律上の扶養義務は社会的関係や単なる生物学上の関係に直接的に基づくのではなく,基本的に,法律上の身分関係によって媒介された家族法上の責任であることが述べられている。
著者
隅田 陽介
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.129-162, 2017-06-30

本稿は,前号に引き続いて,近時,アメリカ合衆国で議論されている,児童に対する性的いたずらに関する証拠のみで児童ポルノ所持に関する捜索令状の「相当な理由」を構成するのかどうかについて検討したものの後半部分である。 本号では,まず,三において,児童に対する性的いたずらと児童ポルノ所持との関係に関する調査研究等に触れた。例えば,Andres E. Hernandezが,ノースカロライナ州Butnerの連邦矯正施設に収容されている90人の男子受刑者を対象として行った調査等である。こうした調査研究については,それぞれについて調査対象者が限定されているといった問題点が指摘されていることに注意する必要があるが,両者の間には関係があるとするものもあれば,逆に,関係はないとするものもあるなど,結論は一致していない,そして,各調査研究に対する評価の仕方も区々となっていることを指摘した。 最後に,四において,若干の検討を行い,現在の合衆国の捜査実務がIllinois v. Gatesに基づいた「諸事情の総合判断(totality of the circumstances)」テストによっているのであれば,これを前提とする限り,第8巡回区連邦控訴裁判所によるUnited States v. Colbertのように,児童に対する性的いたずらに関する証拠が児童ポルノ捜索のための「相当な理由」に該当すると評価することも許されるのではないかということを結論とした。その上で,このように賛否の分かれる問題については様々な角度から検討しておくことが望ましいと考えられることから,例えば,児童ポルノのような児童に対する性的搾取事案に限定して「緩和された相当な理由(expanded probable cause)」, あるいは,「拡大された相当な理由(broadened probable cause)」といった基準を適用すべきであるというような考え方があることにも触れた。
著者
藤田 尚
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.97-122, 2018-03-30

本稿は,従来から福祉の分野で用いられている「社会的養護」の定義に疑問を呈し,諸外国の定義と比較して,「社会的養護」には,児童だけでなく,高齢者,障害者,ホームレス等まで含まれるとの新たな解釈を示したものである。そして,その解釈に基づき,近年,様々な政策が打ち出されている司法と福祉の連携を再犯防止の観点のみではなく,「犯罪予防」の観点から,まずは,児童虐待と少年非行の関係及びこれから問題になるであろう介護犯罪に焦点を当て,アメリカの現状を参考に,司法と福祉の立役者であるソーシャルワーカーのアウトリーチを活用した早期介入やソーシャルワーカー同士の情報ネットワークの構築を提言している論文である。
著者
張 明楷
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.31-56, 2015-03-30

「罪刑法定主義」について,新中国(中華人民共和国)が建国されて以来,三つの時代に分けてその変遷を捉えることができる。すなわち,⑴刑法典が存在しなかった時代,⑵旧刑法の時代,⑶新刑法の時代である。(以上Ⅰ) 「法律主義」については,犯罪とその効果を規定する法律は,全国人民代表大会及びその常務委員会しか定めることができず,各省の人民代表大会は刑法の罰則を定めることができない。これについて,慣習法,判例,命令が問題になる。(以上 Ⅱ) 「遡及処罰の禁止」については,2011年4月以前は,中国の司法機関は遡及効に対して,当時採用していた犯行時の規定あるいは刑罰が軽い規定によるという原則(刑法第12条)を遵守していたが,2011年2月25日に《刑法修正案㈧》が可決された後は,司法解釈に遡及処罰の規定が現れてきた。(以上Ⅲ) 「類推解釈」については,現行刑法が罪刑法定主義を定めて以来,中国における司法人員ができる限り類推解釈の手法を避けていることが理解できるが,それにもかかわらず,類推解釈の判決が依然として存在している。一方で,罪刑法定主義に違反することを懸念して,刑法を解釈することを差し控える現象もある。(以上Ⅳ) 「明確性」については,刑事立法に関する要請であり,立法権に加える制限だと考えられている。他の法理論においては,刑法理論のように法律の明確性を求めるものはないといえる。その意味で,罪刑法定主義の要請は,明確性の原則に最大の貢献をもたらした。(以上Ⅴ) 「残虐な刑罰の禁止」については,総合的に言えば,中国刑法で定められている法定刑は比較的厳格であり,経済犯罪においては少なくない条文に死刑が定められている。(以上Ⅵ)