著者
姜 暻來
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.75-102, 2012-09-30

近年、韓国では、児童を対象とする凶悪な性暴力犯罪に対処するため、2000年に性犯罪者の身上公開制度(インターネットでの性犯罪者の個人情報の公開及び閲覧制度)、2005年に電子監視制度(性犯罪者へのGPS機能を搭載した電子足輪の装着)、さらに、2008年には、性的倒錯(小児性的嗜好及び加虐性愛)等の性的性癖がある者を治療監護対象者とする新たな対策を次々と導入してきた。しかし、その後にも児童を対象する凶悪な性暴力犯罪が発生したため、化学的去勢(chemical castration)を主な内容とする「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」を2010年に制定し、2011年7月から施行している。これは、性犯罪者に対する薬物治療を通して性衝動を抑制することで、再犯を防止することを内容とする制裁手段の一つであるが、身体に直接影響を与えるために人権侵害等の問題等が指摘されている。そこで本稿では、化学的去勢の意義と効果、「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」の概要等に対して分析を加え、韓国の化学的去勢に関して論議されている問題点について論じることにした。
著者
楢﨑 みどり
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.215-237, 2022-09-30

本稿で取り上げる東京地裁令和3年2月17日判決(平31(ワ)7514号)は,離婚後の単独親権を定めた民法の規定を改廃する立法措置を執らない立法不作為について国家賠償法上の違法性を否定した初めての判決である。本件は,日本人同士の日本での離婚により親権者とされなかった父親による訴えであり,事実関係に渉外性はないが,裁判上の離婚により親の一方のみが親権者として指定される離婚後の単独親権制度(民法819条2項)の改廃の必要性について,憲法13条,14条1項,24条2項のほか,自由権規約,児童の権利条約,子の奪取に関するハーグ条約といった国際条約の諸規定(ハーグ条約については条約の理念)を取り上げており,また,外国で離婚した父母の戸籍上では離婚後の共同親権が記載される現行の戸籍実務につき,外国裁判の承認による結果にすぎないと述べている点で,国際私法の観点からの検討に適うところがあると思われたため,判例研究として検討を行ったものである。
著者
藤田 尚 野村 貴光
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.3, pp.411-440, 2012-12-30

近年、我が国の少年法は、度々改正がなされているが、その内容を見る限り、少年の立場からなされたものというよりは、犯罪被害者や世論を受けて改正がなされているように思われる。その結果、少年法の理念からかけ離れ、徐々に厳罰化へ進んでいるような感が否めない。1980年代後半から、アメリカでは現在の日本と同様の動きが見られ、今もその動向は続いていると信じられているが、実際には、現在のアメリカでは、少年司法における厳罰主義に歯止めがかかり、その厳罰化からの転換は、特に諸州における州法の改正という形を取って顕著に現われている。 そこで、本稿は、アメリカ少年司法制度の経緯を概観し、この新動向について主に各州の傾向を詳細に検討した上で、今後の日本の少年司法制度の在り方について論じる。/近年、修復的司法が過去に達成した偉業、修復的司法の現在の状態、そして、将来において修復的司法が那辺に向おうとしているのかについて、欧米において問題提起がなされている。すなわち、古くは世界各国における先住民の文化及び宗教的伝統に起源をもつ和解及び紛争解決の実践から生まれ、その後、欧米諸国においては1970年代から草の根運動として始まり、2012年現在、さまざまな諸原理及び諸政策を内包する社会運動にまで進化を遂げた修復的司法の軌跡に対する再検討を通じて、修復的司法を進化させていくための必要条件を模索し、探求しようという動向が、欧米において発生するに至っている。 思うに、被害者政策としての修復的司法の必要条件を探求することは、被害者政策の手段としての修復的司法の将来的発展に寄与し、被害者の人権の保障につながる結果となるが故に、修復的司法の必要条件を探求することには意義が認められよう。そこで、本稿においては、究極的に被害者の人権保障の貫徹を目指すという動機から、修復的司法の必要条件を探求することを目的とし、被害者政策としての修復的司法に必要とされているものは何かとの問題提起を行い、その問題につき法律学、被害者学及び社会学的視角から、考察し、修復的司法の必要条件に対する理論的帰結を導出することにしたい。
著者
髙良 幸哉
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.129-156, 2017-12-30

児童ポルノ規制の保護法益に関し,わが国においては被写体児童の保護という個人的法益に基礎をおく見解が長く通説的見解であったが,2014年の児童ポルノ法改正における児童ポルノ単純所持罪の新設により,かかる観点からの理論づけが困難になっている。さらに,東京高判平成29年1月24日判例集未登載(Westlaw 文献番号:2017WLJPCA01246001)において,児童ポルノの保護法益について社会的法益から説明する裁判例も登場するなど,児童ポルノ規制を巡る状況は変化している。一方,わが国の刑法が範とするドイツにおいては,被写体児童の保護の観点を踏まえつつ,将来害される恐れのある児童の保護という観点を取り込み,仮想児童ポルノ規制や単純所持規制についての根拠づけを図っている。そこでは児童ポルノ規制の保護法益と規制目的を意識した検討がなされている。本稿は,ドイツにおける児童ポルノ規制をめぐる議論を参照し,児童ポルノ規制の保護法益と児童ポルノの規制目的を明らかにし,近時の児童ポルノ規制をめぐる諸論点について検討するものである。
著者
髙良 幸哉
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.277-303, 2014-12-30

2014年第186回国会において児童買春,児童ポルノにかかる行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下児童ポルノ法)の改正がなされ,児童ポルノの単純所持罪が規定された。性刑法をめぐってはインターネットの発展に伴い,国境を越えた対策が必要となっている。かかる傾向において,我が国でも児童ポルノ規制が強化されるに至った。しかし,改正児童ポルノ法についてはなおも定義の曖昧さなど批判のあるところである。児童ポルノ規制については,欧米においては我が国に先だって,その定義や行為態様について規定がある。我が国の刑法が範とするドイツにおいても,1973年以降数度に渡り,性刑法に関する主要な改正がなされている。その中でも1993年,2003年,2007年改正においては児童ポルノと青少年ポルノに関連して,ドイツ刑法上重要な改正がなされている。その背景となる保護法益に関する議論や行為態様に関する議論は,我が国における児童ポルノ規制に関する法解釈および,今後の刑事立法を含めた議論において参考となる点も多い。本稿は,ドイツにおける性刑法の法状況,とりわけ,児童ポルノ規制(StGB184b条)青少年ポルノ規制(同184c条)をめぐる法状況を概観し,我が国の児童ポルノ単純所持に関して,児童ポルノマーケットへの影響という客観的な基準を用いることで,規制範囲の不当な拡大を制限することを示すものである。
著者
石田 若菜
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.3, pp.313-337, 2012

本稿が検討する婚姻防衛法は、合衆国の連邦法にいう婚姻の定義を「夫と妻としての一人の男性と一人の女性の間の法的結合のみ」に限定することで同姓婚を認める州や国で有効に婚姻した同姓婚夫婦に対し連邦法上の婚姻に伴う利益を否定する効果を持つ法律である。制定当初から合衆国憲法違反の疑いを持たれてきた同法は、2010年以降、複数の連邦裁判所によって第5修正のデュープロセス条項に含まれる平等保護条項に反すると判示されるようになった。婚姻防衛法の正当化根拠である、ⅰ)「責任ある生殖と出産の促進」、ⅱ)「伝統的な異性婚制度の防衛および促進」、ⅲ)「伝統的道徳観念の防衛」、ⅳ)「十分ではない政府資源の保持」のすべてが、婚姻防衛法の効果と合理的にあるいは実質的に関連しないと判断されたためである。本稿は、この婚姻防衛法を違憲とした近時の連邦裁判所の判決から同性婚と異性婚における法的保護の平等について考察し、最終的に、それら判決の中で、婚姻の目的が生殖を含む共同生活から共同生活そのものに変容していると評価されていることを主張するものである。
著者
中田 達也
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.187-216, 2014-12-30

2014年8月現在,日本,中国および韓国は,いずれも水中文化遺産保護条約の締約国になっていない。アジアでは,カンボジアが2007年11月に同条約を批准したのみである。しかし,筆者がアジア太平洋水中文化遺産会議に初回(2011年11月8~12日,マニラ),第2回(2014年5月12~16日,ハワイ)と参加・発表したときに感じたのは,この条約の批准の可否とは別に,アジアの多くの国で相当程度に水中文化遺産を対象とする国内行政が進んでいるということであった。国連海洋法条約が設定したいわゆる主権的権利は生物資源と非生物資源に特化された権利(むろんその背後にそれに伴う義務もあるが)であるが,水中文化遺産を対象とする広範な沿岸国管轄権(刑事管轄権を含む)を新たに設定した立法条約たる水中文化遺産保護条約は,向かい合う大陸棚の線引きの問題に加え島嶼や水中文化遺産の存在をめぐる海洋権益の問題など,優れて現代的な海洋法の問題も内包しているがゆえに,条約の批准状況だけを見ていたのでは,条約の普遍性を判断できない(水中文化遺産条約は一切の留保が認められない)。そこで,本稿では,一衣帯水の距離にある日中韓の水中文化遺産行政を比較検討しながら,日本の行政の特徴を浮き彫りにし,その課題を展望する。具体的には,中国,韓国および日本の順に,水中文化遺産をめぐる国内法制がどのような経緯で出来て,それがどのようにして現在に至っているのかを関連法を参照しつつ明示し,それらを比較するという手法を採る。その際,上述したアジアの国際会議に参加したときのプロシーディングズやその過程で出逢った方々の貴重なコメントや資料に基づいて本稿を作成した。本稿の最大の特徴は,日中韓の水中文化遺産行政の最前線を示している点と,日本の最大の特色である文化財保護法にいう「周知の埋蔵文化財包蔵地」という文言が,水中文化遺産とどのように関連しているのかを掘り下げた点である。
著者
力丸 祥子
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.127-188, 2019

フランスにおいては,2013年5月に同性婚が合法化され,同時に同性間カップルが子を持つ権利についても法律で認められた。そのため,現在ではその議論の中心は同性婚自体ではなく,同性間カップルが子を持つ権利に移っている。このように,2013年の法律においては,確かに子を持つ権利についても認められたものの,生命倫理法は,人工生殖をなし得るカップルは異性間カップルに限るという立場を打ち出しており,同性間カップルが子をもうける手段として人工生殖という手段を用いることはできなかった。 このような法律間の齟齬は最近まで続いたが,2017年の大統領選の際に,現大統領のマクロン氏が人工生殖を女性一般に広げることに好意的な見解を公約において示して以来,一挙に生命倫理法改正への動きとなったものである。国の倫理検討委員会(CCNE)は,色々と検討すべき点はあると述べており,委員の少数派はなお慎重であるべき,という見解を述べてはいるものの,総論としては女性一般に医療補助生殖を拡大することに好意的な立場を示している。対する代理出産に関しては,一貫して合法化する意図がないという姿勢を崩してはいない。 国民のうちにも賛否両論がある。すなわち,改正の方向に賛成する者がいる一方で,このように医療補助生殖を認める範囲を拡大するならば,配偶子の不足の可能性も生じ,その結果,現在前提としている無償性の原則が崩れる可能性があることを懸念する者,また,配偶子の提供については匿名性の原則が支配しているが,この原則と,子が自己の出自を知る権利との関係も問題になると指摘する者等さまざまである。 本稿においては,CCNEの報告書や他機関の報告書,民間調査会社の様々な統計の結果を参照しつつ,同性間カップルが子を持つ権利に関する問題に対する国や国民の見解を明らかにするとともに,予定される生命倫理法改正の方向性を明らかにすることをその目的とする。
著者
姜 暻來
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.75-102, 2012

近年、韓国では、児童を対象とする凶悪な性暴力犯罪に対処するため、2000年に性犯罪者の身上公開制度(インターネットでの性犯罪者の個人情報の公開及び閲覧制度)、2005年に電子監視制度(性犯罪者へのGPS機能を搭載した電子足輪の装着)、さらに、2008年には、性的倒錯(小児性的嗜好及び加虐性愛)等の性的性癖がある者を治療監護対象者とする新たな対策を次々と導入してきた。しかし、その後にも児童を対象する凶悪な性暴力犯罪が発生したため、化学的去勢(chemical castration)を主な内容とする「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」を2010年に制定し、2011年7月から施行している。これは、性犯罪者に対する薬物治療を通して性衝動を抑制することで、再犯を防止することを内容とする制裁手段の一つであるが、身体に直接影響を与えるために人権侵害等の問題等が指摘されている。そこで本稿では、化学的去勢の意義と効果、「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」の概要等に対して分析を加え、韓国の化学的去勢に関して論議されている問題点について論じることにした。
著者
姜 暻來
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.75-102, 2012-09-30

近年、韓国では、児童を対象とする凶悪な性暴力犯罪に対処するため、2000年に性犯罪者の身上公開制度(インターネットでの性犯罪者の個人情報の公開及び閲覧制度)、2005年に電子監視制度(性犯罪者へのGPS機能を搭載した電子足輪の装着)、さらに、2008年には、性的倒錯(小児性的嗜好及び加虐性愛)等の性的性癖がある者を治療監護対象者とする新たな対策を次々と導入してきた。しかし、その後にも児童を対象する凶悪な性暴力犯罪が発生したため、化学的去勢(chemical castration)を主な内容とする「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」を2010年に制定し、2011年7月から施行している。これは、性犯罪者に対する薬物治療を通して性衝動を抑制することで、再犯を防止することを内容とする制裁手段の一つであるが、身体に直接影響を与えるために人権侵害等の問題等が指摘されている。そこで本稿では、化学的去勢の意義と効果、「性暴力犯罪者の性衝動薬物治療に関する法律」の概要等に対して分析を加え、韓国の化学的去勢に関して論議されている問題点について論じることにした。
著者
ヴェルナー リアーネ 只木 誠 根津 洸希
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.27-67, 2020

本稿は,近時ドイツにて大きな論争となり政治的対立にまで発展した刑事立法,ドイツ刑法219条a第4項(人工妊娠中絶についての宣伝禁止の例外)の新設に至る経緯とその問題性を扱っている。 同項の新設は,Kristina Hänel医師が自身のウェブサイトにて人工妊娠中絶について詳細な情報を提供したことがドイツ刑法219条aの罪に問われた事件を契機とするが,その際の同項新設を巡る政策論争は党派色に染まり,問題の本質が見逃されていた,と筆者は指摘する。それゆえ,あらためて,冷静に,ドイツ刑法219条aがいかなる経緯で制定されるに至ったのか,なにゆえ他の法領域ではなく刑法によって規律されねばならないのか,人工妊娠中絶に関する他の規定といかなる関係にあり,その体系の中でいかなる意義が認められるのか,その意義(規範の保護目的)に沿った合憲的な解釈とはいかなるものであるのかにつき検討している。結論として,筆者は,近時新たに追加された第4項の例外条項によって,合憲的解釈がむしろ困難となってしまっていると指摘する。
著者
21世紀コーポレート・ガバナンス研究会 廖 海濤
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.181-215, 2021

日本では,株主代表訴訟において,取締役の善管注意義務違反を判示する裁判例は少なくない。特に,取締役の会社に対する責任について,昭和25(1950)年商法改正に伴い,取締役の権限を著しく拡大強化したために,従来の委任契約による善管注意義務のほか,忠実義務が加えられた。 上記の両義務については,従来から最高裁の判例では,忠実義務は「…通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の,高度な義務を規定したものと解することができない」(最判昭和45・6・24民集24巻6号625頁八幡製鉄政治献金事件)の旨を示し,この見解は学説上では同質説とも呼ばれている。この同質説は,日本の商法学界において,広い層の支持を受けており,通説ともなっている。他方,忠実義務がアメリカ法の沿革から,善管注意義務とは区別された義務と説かれ,その上に義務違反者の過失の有無等が問題とされるとし,両義務を別個な内容と理解しようとして,善管注意義務と忠実義務とはその性質を異質とする見解(異質説)が,最近では有力となりつつある。異質説によれば,取締役が,株主利益の最大化を図るために,会社の職務を履行(意思決定等)する際に善管注意義務を負っている(会330条→民644条)が,この善管注意義務は,「株主の利益を最大化する」という結果実現を目的とした結果債務ではなく,「株主の利益を最大化する最善を尽くす」という手段債務に過ぎないことになる。 本稿は,アメリカの制定法上における取締役会の権限を解明し,取締役会の構成員である取締役が会社および株主との関係に基づき,とりわけ,取締役の信認義務の法的構造を分析することによって,制定法上における取締役の善管注意義務および忠実義務が異なる性質であることを明らかにし,日本法における取締役等の民事責任を追及する際に,若干の示唆を得ることを目的とする。
著者
鄭 翔
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.151-170, 2018

第二次世界大戦においてナチスドイツはユダヤ人に対して人類の歴史上でも類をみない卑劣な民族絶滅を実行した。ナチス幹部やその追従者の責任追及は戦後のドイツにとって重く困難な課題であった。ナチスの指導者であったヒトラー,最高幹部であったゲッベルス,ヒムラーらはすでに自殺していたが,ボルマン,ゲーリング,ヘスらは国際軍事法廷で裁かれた。その後も多くの関与者が国内法に基づいて訴追され,刑法においては主として謀殺罪(ドイツ刑法211条)の解釈とその共犯の成否をめぐって様々な議論が続けられてきた。もっとも年月の経過に伴う被疑者の高齢化,証拠による立証の困難性,政治状況の変化等の事情から,ドイツの裁判所で審理される件数が次第に減少し,近年では2011年のLG判決が目につく程度である。本件はしばらく顕在化しなかったSS隊員の裁判として社会の耳目を集めたようである。そこで,本稿は本決定の刑法解釈論上の問題点を明らかにしたうえで,それ以外の問題について,これまでに参照した評釈を紹介したいと思う。
著者
ポッシャー ラルフ 松原 光宏 土屋 武
出版者
日本比較法研究所
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.115-136, 2013

人間の尊厳の絶対性をめぐっては,とくに9.11テロ以後,議論が再燃している。人間の尊厳の保障の相対化可能性を明示的に認める者もあらわれている。 ポッシャーは,本論文において,人間の尊厳が法ドグマーティクにおいて絶対性をもつものとされることは,法ドグマーティクの内的視点のレベルの目的合理性判断では説明できるものではないとし,社会学(法社会学)を手がかりに,この点に検討を加える。そして,①人間の尊厳は単なる禁止を超えたタブーとしての性格を持ち,そもそもそれを主題化することも禁止され,これに触れる行為については目的合理性に基づく衡量には服しない,②人間の尊厳の相対化を認めると,その例外がインフレ化することから,人間の尊厳の侵害を法的なタブーとし,その違反に制裁を科すことで, 「悲劇的選択」の濫用を防ぐ,③それでもなお人間の尊厳を侵害しなければならない極めて例外的ケースも理論上は存在するがその場合は法的制裁を受ける覚悟のもとで,個人の倫理的責任によりタブー破りが行われる,そして,社会は「悲劇的選択」の処理からわかるように,法と倫理の構造的カップリングが対抗的な形で行われることになる,ことなどを指摘する。
著者
棚瀬 孝雄
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.119-165, 2015

現在,日本企業の海外進出は加速しているが,様々な法務リスクを抱えることが少なくない。とくに,インドは日本の法制と異質な面が多く,しかも,政府や国民も法を利用し,訴追を行うことに積極的であるために,法務や税務面で深刻な争いが生じている。 本稿は,この法務リスクという観点から,インドの労働法制を対象に,比較法的に見た特徴を明らかにしようとするものである。 比較法的視点には,対象となる法を日本法との比較で異同に注意しながら把握するという狭義の比較分析と,その法を社会の中に埋め込まれたものとして理解する機能分析との二つの視点があるが,現在,グローバル市場の影響力が圧倒的に強まる中で,市場の論理から,労働の柔軟化と規律を求める企業と,インドの歴史的な経緯からくる保護主義的,介入的な政治との葛藤が,労働法の作り方,及びその実際の運用を規定している。 取り上げるのは,解雇と争議の法制であるが,一般の解雇は,事業閉鎖の場合も含めて,従業員100人以上の職場では州政府の許可が必要とされており,柔軟な雇用調整を阻害するものとして,産業界からは強い批判を浴びている。ただ,子細に見ると,最初の法案が,最高裁で,濫用的な解雇を阻止するという,正当な目的を超えて経営者の営業の自由を過剰に制約するとして違憲とされて改正された現行法では,手続き的な歯止めも掛けられ,実体面では,日本の整理解雇の法理のような作りとなっている。むしろ,問題は,インドの行政の透明性や効率性がないところで,解雇を政府の許可にかからしめたことにある。また,必要な雇用の柔軟性を得るために労働の非正規化が進み,それが,社会保障が弱いところで,雇用不安や待遇の不満を生み,労使関係の安定を損なっていることも問題として出てきている。 懲戒解雇に関しては,職場の規律違反に対し,労働者を使用者の判断で即時に解雇できるが,一定の社内での事前調査や,書面通知などの手続き規制がある他,日本の解雇権濫用法理に似た規制があり,事後的な救済も一定程度機能している。しかし,懲戒の根拠となる就業規則に,内容的にも,作成手続きにも強く行政が関与し,かつ,その内容が争議行為に絡むものが多く,争議の際に,使用者から参加者に懲戒解雇が乱発される原因ともなっている。また,解雇権の濫用が,インドでは,使用者の不当労働行為として規定され,刑罰が科される作りになっているため,不法とされる懲戒から,争議へと展開していくことも多い。 組合の結成では,インドの場合,団結権は認められ,その干渉を不当労働行為として保護もしているが,しかし,結成された組合には,自動的に団体交渉権は認められず,使用者に自らの力で組合を交渉相手として認めさせる必要があり,最初から,争議含みとなっている。また,刑事免責も,組合が登録されてはじめて認められ,しかも,登録に3ヶ月から1年以上もかかるため,その間は争議行為が事実上行えない。この組合結成の困難は,使用者の組合選別の要求から維持されており,実際の争議も,組合結成と,その使用者の拒否をめぐって行われることが多い。背景には,使用者から見た過激な,共産党系の組合が未だ勢力が強く,日系企業などでは,とくに労使一体の日本的な労務管理を労働生産性向上の鍵と考えていて,この組合結成で大規模な争議になることもある。 争議行為についても,インドの場合,争議抑制のための政府の関与がかなり大きく認められている。まず,争議にあたり2週間前の予告を義務づけ,また,斡旋など手続き期間中は争議が禁止される。さらに,政府がスト中止を命じることができる。こうした労働者の争議権を奪うかのような介入は,すべて公益的な観点で正当化されるが,しかし,それで多くの争議は抑制される反面,インドでは,争議件数では,日本の11倍,労働喪失日数では,実に780倍もの争議が起きている。それゆえにこそ,争議抑制的な労働法も必要となるのであるが,逆に,そうして違法争議の烙印が押されることで,懲戒解雇が大量に出され,警察による逮捕もあって,争議がいっそう過激化するという悪循環に陥っている面もある。 これまで,インド労働法について,表面的な規定の解説はあったが,本稿のような背景にまで踏み込み,規定も細部まで検討して,全体的な特徴を明らかにする研究はなく,インドに進出する日本企業はもちろん,比較法的な観点から,現在のグローバル市場の元での新興国の労働法を理解する理論的な関心にも答えるような分析になっている。
著者
趙 輝 李 蘭
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.47, no.4, pp.67-99, 2014

本稿は,日本の共謀共同正犯概念の中国刑法への導入の必要性について検討したものである。中国刑法への共謀共同正犯概念とその理論の導入について,一部の研究者はその必要性を提唱しているが,筆者は,共謀共同正犯理論について多いに学ぶものがあることは認識しつつも,この概念を直ちに中国刑法理論に導入することについては,躊躇を覚えるものである。 日本の共謀共同正犯の理論については,いかに共犯規定に沿った形で再構成し,実行行為概念の明確性を担保するかが課題であると思われるが,一方,中国刑法の組織犯及び理論は,刑法の規定及び基本理論に根本的に矛盾しているとはいえないのではなかろうか。また,組織犯は,共同犯罪において支配的地位にある非実行行為犯の刑事責任を合理的に追及することができると思われる。 しかし,共謀共同正犯の理論と比較して,中国の組織犯の理論には二つの問題点があると思われる。すなわち①組織犯の成立を犯罪集団の中に限定していること,②組織犯の処罰の理論根拠が不明確であること,である。そこで本稿は,共謀共同正犯及び理論の理論的な長所を受け入れ,その理論及び見解を参考にしつつ,中国刑法の組織犯において,その成立範囲を拡大すること,処罰の理論根拠を,共同犯罪の中に占める組織犯の支配的地位に置くことによって,立法及び理論の改善を図ることを提案するものである。
著者
ポッシャー ラルフ 松原 光宏 土屋 武
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.115-136, 2013

人間の尊厳の絶対性をめぐっては,とくに9.11テロ以後,議論が再燃している。人間の尊厳の保障の相対化可能性を明示的に認める者もあらわれている。 ポッシャーは,本論文において,人間の尊厳が法ドグマーティクにおいて絶対性をもつものとされることは,法ドグマーティクの内的視点のレベルの目的合理性判断では説明できるものではないとし,社会学(法社会学)を手がかりに,この点に検討を加える。そして,①人間の尊厳は単なる禁止を超えたタブーとしての性格を持ち,そもそもそれを主題化することも禁止され,これに触れる行為については目的合理性に基づく衡量には服しない,②人間の尊厳の相対化を認めると,その例外がインフレ化することから,人間の尊厳の侵害を法的なタブーとし,その違反に制裁を科すことで, 「悲劇的選択」の濫用を防ぐ,③それでもなお人間の尊厳を侵害しなければならない極めて例外的ケースも理論上は存在するがその場合は法的制裁を受ける覚悟のもとで,個人の倫理的責任によりタブー破りが行われる,そして,社会は「悲劇的選択」の処理からわかるように,法と倫理の構造的カップリングが対抗的な形で行われることになる,ことなどを指摘する。
著者
菅沼 真也子
出版者
日本比較法研究所 ; [1951]-
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.297-312, 2013

アルコールを摂取した状態でのナイフでの激しい刺突という、極度に危険な暴力行為によって被害者の生命を危険にさらした事案について、LGが、「阻止閾の理論」を用いて、危険な傷害の故意を肯定したのに対して、BGHがこの結論を否定して殺人の故意を肯定した事例。ここでBGHは、LGが、殺人の故意の認定の際に検討すべき「客観的及び主観的全事情の全体的考察」を欠いていることを指摘し、さらに「阻止閾の理論」について、「殺人の未必の故意の推定ないし否定を導く証拠評価が、阻止閾の根本的前提を持ち出すことなく上告審で検討される場合でも、法的な要求は変わらない」こと、ならびに、阻止閾の理論は自由心証主義(StPO261条)で考慮し尽くされていることを示したため、本判決は、事実上の阻止閾の理論の放棄とも評価されうる事案である。
著者
鮎田 実 西尾 憲子
雑誌
比較法雑誌 (ISSN:00104116)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.300-331, 2012-06-30

20年以上前に導入されて以来、全米で広まったドラッグコートは、保護監督、薬物検査、治療サービス、および、直接的な制裁と誘因の包括的なプログラムを通して、様々な事案が、非暴力的な薬物乱用犯罪者に関わる事案に対処するよう意図された専門的な裁判所である。ドラッグコートの諸原理と手続は、刑事被告人による他の常習的な行動形式を扱うために問題解決裁判所という形で採択された。そして、ますます共通するタイプの問題解決裁判所が、リエントリーコートであり、それは、1999年当時の国立司法研究所所長のJ・トラヴィスによって、州で刑務所後の再統合を管理する方法として初めて提案されたものであった。本稿は、最も初期の連邦のリエントリーコートプログラムを行ったオレゴン地区、マサチューセッツ地区、および、ミシガン西部地区のものを紹介するものである。/ アメリカ合衆国司法省の少年司法非行防止局による資料から少年裁判所で処理されている少年事件について、1985年から2007年までの犯罪カテゴリー別推移や特徴を中心に、性差や人種、年齢別の状況をこの基礎研究第111回では確認した。今回は、2008年の統計が新しく追加されたので、前回の考察をふまえて、1960年から2008年までの傾向とアメリカにおける非行事件の手続の流れから処理状況を考察する。この考察から、日本における少年事件をめぐる対応の現状と課題について比較検討する。