著者
後藤 彩子
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.150-157, 2018-12-25 (Released:2019-01-21)
参考文献数
50

社会性膜翅目昆虫(アリ,ハチ)では,女王は羽化後まもない時期にしか交尾しないため,この時に受け取った精子を体内の受精嚢という袋状の構造の中に寿命が続く限り貯蔵する。アリ科の多くの種の女王の寿命は10年以上と,昆虫としては例外的に長いため,精子貯蔵期間も極端に長い。他のハチ類と比較して,アリ科の受精嚢は非常に巨大で構造も特殊であることから,精子貯蔵に重要な機能をもっていると予想できる。女王アリの受精嚢内に貯蔵されている精子は不動化されていることから,精子は代謝が抑えられ,休眠状態を保っていると考えられる。貯蔵後5年経過した精子でも,受精嚢の外に出すとべん毛運動をはじめることから,核が収納されている頭部のみならず尾部に到るまで,女王は精子の機能を損なうことなく貯蔵していると言える。アリの精子形態は他の種と大きな差は見られないものの,酸化されにくさなどの細胞学的な性質は全くの不明であるため,今後の研究が進むことを期待している。また,受精嚢で高発現している遺伝子も特定されており,精子貯蔵に関与すると予想していた抗酸化酵素や受精嚢内環境に影響するイオンや糖のトランスポーターをコードする遺伝子のほか,具体的な機能は不明だが,発現量が極めて多い遺伝子も見つかった。今後はこれらの分子がどのように精子の生理状態や生存に影響するかを明らかにする必要がある。