- 著者
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三島 利江子
Rieko MISHIMA
- 出版者
- 甲南大学
- 巻号頁・発行日
- 2023-03-31
本論文の目的は,眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing;以下, EMDR)の効果メカニズムを明らかにすることを長期的な目標にすえ,EMDRの特異的な特徴でありながらその効果について不明な点が多い両側性刺激(bilateral stimulation; 以下,BLS)に焦点を当て,その効果の検証を試みることであった。まず,EMDRのBLSにまつわる論争を概観し,手続きが曖昧なままになっている肯定的な記憶を扱うエクササイズ中のBLSを本研究のテーマとして扱うことを示した。また,BLSには3種類(眼球運動,触覚刺激,聴覚刺激)があり,どれを用いてもEMDRセラピーは成立するのであるが,実践の中で臨床家らが,触覚刺激(中でもタッピング)の利便性や強みを感じていることが推定される事例が増えており,本研究では触覚刺激に焦点を当てることとした。そして,触覚BLSに関する文献レヴューを行い,先行研究を整理した。その結果,EMDR研究の中では触覚刺激を扱った実証研究が非常に少ないこと,さらに触覚刺激の速度の違いを独立変数として検討したものがないことが判明した。現時点では,肯定的な記憶を扱うEMDRエクササイズ中は,BLSを用いても用いなくても構わないが,用いる場合は遅い速度で使用するという指針が出されているが,触覚BLSに関してその妥当性を裏付ける実証研究は存在していなかった。つまり,現時点の指針が,臨床上の印象が主な根拠となっており,神経生理学的な裏付けを伴ったものではないことが判明した。本研究では客観的な生理指標を判断材料として,方法の妥当性の検証を行いたいと考え,自律神経に着目した。実証研究では,肯定的な記憶を扱うエクササイズを,タッピングの有無の2条件で行い,主観評価と自律神経評価について調べた。その結果,主観と生理指標の結果に相違が見られたため,自律神経評価の方法論を検証する必要性が考えられた。そこで,次は複数ある心拍変動解析について調べ,事例を通してローレンツプロット解析の有用性を見出し,自律神経評価の信頼性を高めた。その上で,肯定的なイメージにひたる最中,タッピング刺激の速度だけを変えて実証研究を行った。探索的に用意した3種類のタッピング速度の中では,1回/1秒のときが自律神経系のパフォーマンスが良い結果であった。当該速度は3速度の中で心拍リズムに最も近い速度であったことから,今後は心拍数を考慮した速度の検証が必要と考えられた。最後に,本研究で明らかになったことと残されている課題を論じた。