著者
徳田 匡
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は日米安全保障条約の改定から50年という節目に当たり、この期に「60年安保を問いなおす」というシンポジウムを開いた(2010年7月10日)。私は当時の安保闘争などから抜け落ちていた「沖縄」を軸にして、当時の沖縄の政治・言論の状況を報告した。当時の日本では国会議事堂前での大規模な民衆デモが行われ、アイゼンハワー米大統領の訪日阻止が行われたが、同日アイゼンハワー大統領は沖縄に降り立つ。60年の安保改定において日本のデモの中にも国会審議に中にも沖縄の問題は扱われておらず、この米大統領の沖縄訪問は、60年安保がデモ隊にとっても国会にとっても沖縄の外部化によって成立していた政治状況であったことを、その後の日米一体化や密約問題をからめながら論じた。それにより、従来、余論じられていなかった戦後思想史の中の沖縄の位置づけを再確認し、日本の戦後思想が外部化していた安保改定のなかの沖縄の問題を浮き彫りにした。また、沖縄大学地域研究所の依頼による『地域研究』vol.8への書評論文では、田仲康博著『風景の裂け目』(みすず書房、2010)を論じた。そこでは、米軍占領下の沖縄における、主客の構築する「風景」の外在性と拘束性の問題と、田仲の筆致における新たな叙述の可能性を論じた。風景という外部を論じることが翻ってその人間を主体化する。そこから戦後の沖縄の風景の変遷が軍事植民地の主体化の実践であったことを論じた。また田仲による一人称の記述方法を「他者」の問題として捉えなおしポストコロニアルにおける歴史記述の方法の可能性について考察した。上述した研究内容は、日米によって外部化された沖縄が、日米間の戦後の政治史における位置づけを明確にし、さらにそのかなで沖縄を論じることの新たな可能性を示している。