著者
大泰司 紀之 戸尾 〓明彦
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳動物学雑誌: The Journal of the Mammalogical Society of Japan (ISSN:05460670)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.1-11, 1974-02-28 (Released:2010-08-25)
参考文献数
19

1.シカの袋角による体温調節作用をしらべる目的で, 袋角をもつニホンジカの環境温を0℃から33℃のあいだで変化させ, 袋角および体表各部位の皮膚温変動をしらべた。2.袋角の皮膚温は環境温の変化に追従して反応し, 5℃から36.5℃のあいだで変動した。管部や耳の皮膚温も環境温の上昇に対して鋭敏な反応を示したが, 特に袋角では顕著であり, 環境温の上昇と同時に環境温よりも急な勾配で上昇した。また, 環境温の下降時には, 袋角の皮膚温は急激な下降を示した。3.0℃の水に袋角を入れると, 袋角の皮膚温は2.5~9℃となり, 振幅1~3℃, 周期10~20分のhunting temperature reactionを示した。4.袋角に分布する脈管の走行についてしらべた結果, 袋角の血流は海綿静脈洞に連絡する経路をもつ。5.上記の結果から, 袋角には熱放散による体温調節作用, とりわけ脳温調節作用のあることが推定される。6.この袋角の体温調節作用は, 春および夏期における雄ジカの個体維持に重要な役割を果していると考察することができる。この考察は, シカ類の発展が寒冷地適応にもとづくとする仮定と矛盾しないものであり, その仮定を補強するものと考えられる。