著者
斎藤 希史
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

幕末明治期における漢詩文系作文書を網羅的に調査し、その特質を分析することで、以下の事実が明らかになった。1)幕末明治期は、日本における公的な文章の変動期であり、近代にふさわしい文章の確立期であったが、その時期において、訓読体.(普週支・今体文)の果たした役割がきわめて大きいこと。2)近世まで、漢文に対して補助的な文体として用いられていた訓読体は、その実用性の高さと、文体のモデルとして漢文を用いるこ.とができることの二つの理由から、公的な文体として広く用いられるようになったこと。3)訓読文で表すことのできる対象は、従来のどの文体よりも広く、また、漢文を基礎学問として学んだ人々にとって、教えやすく学びやすい文体であったため.、初等中等教育において、すばやく普及したこと。4)教育現場におけ季訓読文め普及にあたっては、『穎才新誌』などの作文雑誌による競争や、『習文軌範』『記事論説文例』などの作文書による規範の提示が、大きな役割を果たしたこと。5)従来の日本文章史においては、西洋の書物を翻訳したことによる文体の変動に力点が置かれ、言文一致文体の登場を近代のメルクマールとする傾向が強かったが、作文書の実態を研究することで、近世後期以降の漢文教育を背景にした訓読文の普及に注目すべきセあることが、明らかになったこと。6)訓読文は、新しい協念や文物に対応した新漢語を用いるのにも有効であり、訓読文は、,いわば新漢語を効率的に運用するたゆの文体でもあったこと。以上のことから、,これまで翻訳と言文一致を中心に考える傾向の強かった近代文体研究こ、新たな知見をもたらすことができた。