著者
新堀 歓乃
出版者
社団法人 東洋音楽学会
雑誌
東洋音楽研究 (ISSN:00393851)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.73, pp.63-75, 2008

ご詠歌は日本に伝わる宗教音楽のひとつであり、主に在家の仏教信者が四国遍路などの巡礼や葬式などの儀礼でご詠歌をうたうほか、稽古事としてもこれを伝習している。本稿は、現在に伝わるご詠歌諸流派の基礎を形作った大和流を対象に、その成立過程を明らかにする. 大和流は一九二一年、山崎千久松によって創始された。千久松はご詠歌の基本となる節を十一に整理し、ご詠歌の普及と仏教信者の教化を図って大和流の伝承団体「大和講」を設立した。大和講はその長である講主と、講主の下でご詠歌を伝承する多くの講員から成るが、千久松は自らが講主となってご詠歌の指導に当たり講員を増やしていった。<br>こうして大和講が成立すると、ご詠歌の伝承が大きく変容した。第一に、大和講はご詠歌の歌詞と節を記した歌集を全国発売して伝承の統一を図った。第二に、ご詠歌の歌い手が検定試験に合格すると階級が取得できるという制度を置いて、日本の諸芸能に見られるような家元制度と同様の伝承組織を形成した。第三に、詠唱技術を競う全国規模のコンクールを開催するようになった。こうして大和講は、中央の本部が全国各地の支部を統括するという一大組織を築くことができた。<br>大和講が全国に広く普及することができた要因として最も重要と思われるのが、家元制度と同様の伝承組織を形成したことである。大和講では、一定の階級を取得した者が講主に代わってご詠歌を指導するため、講主自身が直接伝授に当たることなく多くの弟子を抱えることができる。これは家元制度に特徴的なもので、大和講ではこうした制度を備えたために伝承者を増やして一大組織を築くことができたと考えられる。
著者
新堀 歓乃
出版者
The Society for Research in Asiatic Music (Toyo Ongaku Gakkai, TOG)
雑誌
東洋音楽研究 (ISSN:00393851)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.73, pp.63-75, 2008-08-31 (Released:2012-09-05)
参考文献数
10

ご詠歌は日本に伝わる宗教音楽のひとつであり、主に在家の仏教信者が四国遍路などの巡礼や葬式などの儀礼でご詠歌をうたうほか、稽古事としてもこれを伝習している。本稿は、現在に伝わるご詠歌諸流派の基礎を形作った大和流を対象に、その成立過程を明らかにする. 大和流は一九二一年、山崎千久松によって創始された。千久松はご詠歌の基本となる節を十一に整理し、ご詠歌の普及と仏教信者の教化を図って大和流の伝承団体「大和講」を設立した。大和講はその長である講主と、講主の下でご詠歌を伝承する多くの講員から成るが、千久松は自らが講主となってご詠歌の指導に当たり講員を増やしていった。こうして大和講が成立すると、ご詠歌の伝承が大きく変容した。第一に、大和講はご詠歌の歌詞と節を記した歌集を全国発売して伝承の統一を図った。第二に、ご詠歌の歌い手が検定試験に合格すると階級が取得できるという制度を置いて、日本の諸芸能に見られるような家元制度と同様の伝承組織を形成した。第三に、詠唱技術を競う全国規模のコンクールを開催するようになった。こうして大和講は、中央の本部が全国各地の支部を統括するという一大組織を築くことができた。大和講が全国に広く普及することができた要因として最も重要と思われるのが、家元制度と同様の伝承組織を形成したことである。大和講では、一定の階級を取得した者が講主に代わってご詠歌を指導するため、講主自身が直接伝授に当たることなく多くの弟子を抱えることができる。これは家元制度に特徴的なもので、大和講ではこうした制度を備えたために伝承者を増やして一大組織を築くことができたと考えられる。
著者
新堀 歓乃
出版者
The Society for Research in Asiatic Music (Toyo Ongaku Gakkai, TOG)
雑誌
東洋音楽研究 (ISSN:00393851)
巻号頁・発行日
vol.2006, no.71, pp.1-20, 2006-08-31 (Released:2010-09-14)
参考文献数
25

ご詠歌とは仏教的内容を持つ詞に節を付けた歌謡で、巡礼や葬式など様々な仏教儀礼でうたわれる。ご詠歌の詠唱はうたい手が自らの信仰を表現する手段のひとつであり、その信仰は不変のものとみなされるため、ご詠歌の詞や節を個人の趣向で勝手に変えることは許されず、常にひとつの「正しい」詠唱法が求められる。しかし、この「正しい」詠唱法を伝えるはずの楽譜は幾度も書き替えられ、また、実際の詠唱や口伝内容も時代とともに変容してきている。では、なぜ楽譜と口頭伝承を変容させてしまうことが、ご詠歌を「正しく」伝承することであるとみなされ得るのか。この問いに答えるべく、本稿では密厳流のご詠歌を例に挙げて、楽譜と口頭伝承が変容する過程を分析した結果、その変容のしくみを以下のように説明できた。ご詠歌は、伝授者である師範から被伝授者である在家の一般信者へと規範が提示されることによって伝承される。その規範とは師範が「正しい」と認識している詠唱法であり、これが楽譜と口頭伝承を通じて伝えられる。そのとき、師範は正確な伝承を達成しようとする一方、自己の個性を表現しようとするため、師範各々の詠唱間にはしばしば相違が生じ、それゆえ、ご詠歌の伝承にはある種の不完全さが伴う。たいていの場合、師範はこの不完全さを「詠唱の幅」と呼び、豊かな音楽性として評価する。しかし、ご詠歌を「正しく」伝承しようとする意識から、師範たちが伝承の不完全な部分を「正しくない」「規範に反する」と判断した場合、師範同士で会議を開いてご詠歌の「正しさ」をめぐって議論し、規範を再構築する。そして、新たな規範と従来の楽譜や口頭伝承との間に齟齬が生じた場合には、新たな規範に従って楽譜と口頭伝承を変更する。それゆえ、楽譜と口頭伝承を変容させることが、ご詠歌を「正しく」伝承することであるとみなされ得るのである。
著者
新堀 歓乃
出版者
The Society for Research in Asiatic Music (Toyo Ongaku Gakkai, TOG)
雑誌
東洋音楽研究 (ISSN:00393851)
巻号頁・発行日
vol.2006, no.71, pp.1-20, 2006

ご詠歌とは仏教的内容を持つ詞に節を付けた歌謡で、巡礼や葬式など様々な仏教儀礼でうたわれる。ご詠歌の詠唱はうたい手が自らの信仰を表現する手段のひとつであり、その信仰は不変のものとみなされるため、ご詠歌の詞や節を個人の趣向で勝手に変えることは許されず、常にひとつの「正しい」詠唱法が求められる。しかし、この「正しい」詠唱法を伝えるはずの楽譜は幾度も書き替えられ、また、実際の詠唱や口伝内容も時代とともに変容してきている。では、なぜ楽譜と口頭伝承を変容させてしまうことが、ご詠歌を「正しく」伝承することであるとみなされ得るのか。この問いに答えるべく、本稿では密厳流のご詠歌を例に挙げて、楽譜と口頭伝承が変容する過程を分析した結果、その変容のしくみを以下のように説明できた。<br>ご詠歌は、伝授者である師範から被伝授者である在家の一般信者へと規範が提示されることによって伝承される。その規範とは師範が「正しい」と認識している詠唱法であり、これが楽譜と口頭伝承を通じて伝えられる。そのとき、師範は正確な伝承を達成しようとする一方、自己の個性を表現しようとするため、師範各々の詠唱間にはしばしば相違が生じ、それゆえ、ご詠歌の伝承にはある種の不完全さが伴う。たいていの場合、師範はこの不完全さを「詠唱の幅」と呼び、豊かな音楽性として評価する。しかし、ご詠歌を「正しく」伝承しようとする意識から、師範たちが伝承の不完全な部分を「正しくない」「規範に反する」と判断した場合、師範同士で会議を開いてご詠歌の「正しさ」をめぐって議論し、規範を再構築する。そして、新たな規範と従来の楽譜や口頭伝承との間に齟齬が生じた場合には、新たな規範に従って楽譜と口頭伝承を変更する。それゆえ、楽譜と口頭伝承を変容させることが、ご詠歌を「正しく」伝承することであるとみなされ得るのである。