著者
中村 豪志 樋口 博之 萩原 純一 新町 景充 宮崎 真由美
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.EbPI1404-EbPI1404, 2011

【目的】<BR> 麻痺側上肢が実用的に使用できない脳血管障害片麻痺者にとって、洋式便座での排泄動作(以下、トイレ動作)は自立が難しいADLのひとつであり、手すりの利用が重要である。従来、トイレ動作における標準的なトイレの手すりとしては、便座に座って患側の壁に壁離れ寸法が数センチのL字手すり(以下、標準型手すり)を設置するというケースが多く見られる。しかし、この環境では、L字手すりが立ち座り動作や移乗動作の補助にはなるが、立位保持の際に健側上肢の動きが壁によって制限され、下衣の上げ下げ動作の補助にはなりにくい。<BR> そこで、壁離れ寸法を20~25cmとし、一部にクッション材を当てたL字手すり(以下、支持型手すり)を考案した。脳血管障害片麻痺者が支持型手すりを利用すると、手すりの縦部分で麻痺側の胸部もしくは頭部を支持して、自由度が高くなった健側の上肢で下衣の上げ下げ動作が容易になる。これによって、下衣の上げ下げ動作が自立もしくは介助量軽減した症例を経験し、支持型手すりによるトイレ動作が効果的ではないかと感じた。<BR> 本研究では、標準型手すりによるトイレ動作と支持型手すりによるトイレ動作を比較・検証し、考察することを目的とした。<BR>【方法】<BR>1.対象者 <BR> 対象者は、宮崎県内の介護老人保健施設を利用されており、車椅子を日常的な移動手段としている脳血管障害を有する者で、麻痺側の上肢が実用的に使用できない者とした。認知機能の低下により動作指示の理解ができない者は除外した。そのうち、同意を得られた10名を対象とした。内訳は、男性4名、女性6名、平均年齢68.9±10.3歳だった。<BR>2.実験手順<BR> 実験1:対象者の腰部周囲計に3cmプラスした長さのセラバンドを下衣に見立てて、両側の膝蓋骨上周囲と腸骨周囲を基準線とし、セラバンドを基準線まで上げる動作・下げる動作を標準型手すり、支持型手すりで各々3回繰り返す。動画データをパソコンに取り込んだ後、動画再生ソフト上で上げ下げ時間を測定する。<BR> 実験2:便座に移乗していただいてから立ち上がり、健側下肢の横に50cmの棒を設置する。姿勢が安定したら、膝を曲げないようにして健側の上肢を垂直下方の限界点まで伸ばす動作を標準型手すり、支持型手すりで各々3回繰り返す。撮影した動画データを「Quick time pro」でイメージシークエンスに変換した後、「Image J」に取り込んで、基準として設置した50cmの棒の上端から手指の最下点までの距離を測定する。<BR> 統計的処理として、paired-t検定を行い、実験1と実験2で、標準型手すりと支持型手すりとの比較を行った。<BR>【説明と同意】<BR>書面と口頭による説明を本人もしくは家族に行ない、同意を得た後書面にサインをいただいた。<BR>【結果】<BR> 実験1では、標準型手すりの上げ下げ時間平均は26.8±11.1秒、支持型手すりでの上げ下げ時間平均は22.8±9.8秒だった。10名中、7名が支持型手すりで上げ下げ時間が短かったが、有意差は見られなかった。実験2では、標準型手すりでのリーチ距離は15.7±9.3cm、支持型手すりでのリーチ距離は17.5±8.2cmだった。10名中6名が支持型手すりでのリーチ距離が長かったが、有意差は見られなかった。<BR>【考察】<BR> 今回の実験に使用した手すりは、施設内にある既存のトイレ手すりのみだったので、対象者の身長や体幹の変形などを考慮した手すりの設定ができなかったが、それを考慮しても全ての脳血管障害片麻痺者に適するというわけではなかった。今後は、1)脳血管障害片麻痺者でも状態は様々なので、対象者個々人のバランス能力や体格に応じた手すりを設定する。2)もたれかかる動作を意識した運動療法のプログラムを確立する。3)手すりの素材や形状をさらに工夫する、という点を考慮し、より有効な手すりとして実用化できるように努めたい。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 支持型手すりでのトイレ動作を確立できれば、脳血管障害片麻痺者が使用する手すりの選択肢のひとつとして適用できると思われる。それによって、脳血管障害片麻痺者に対してADLやQOLの向上に貢献できるのではないかと考える。また、家庭復帰につながれば、地域福祉・地域リハビリテーションにも貢献できるのではないかと考える。