著者
日原 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.15, 2005

1.はじめに 学校現場での防災教育の実践例を,筆者の前任校東京都立墨田工業高校(1学年200名・標高1.5m)における1年「地理A」(必修2単位)および3年「選択地理」(選択2単位)の実践記録から紹介する.2.都立墨田工業高校における防災教育の実践例(1)授業開き:地下鉄の駅の差異「菊川駅/恵比寿駅」(1年4月) 授業開きは1年間の生徒の地理授業への「食いつき」を決める決定的な意味を持っていると考えている.ここでは興味を引きつつ,通年にわたって考えてほしいテーマを設定する.実践校では「0m地帯」をテーマとして,「地下鉄の駅から考える」(矢田ほか2002)(配当1時間)という実践を行った.スライドを用いながら,身近な景観の中に防災対策が隠されていることに気づかせ,地形断面図と重ねることにより分布の意味を考察するという地理的見方・考え方の重要性を理解させた.(2)地域調査:「0m地帯を歩く」(1年7月) 7月の補習期間に1年生全員対象の0m地帯の見学(配当4時間)をクラスごとに5日に分けて実施した(日原2004).実際の景観で実感的に0m地帯を理解させることで防災意識を高めることができた.(3)シミュレーション学習:「開発による洪水流出の変化」(1年9月) 日原(1996)が開発したシミュレーション教材「開発による洪水流出の変化」は,タンク・モデルによる洪水流出解析をPC利用によって生徒が作成することを通じて,多摩ニュータウン開発による乞田川の流出の変化を実感的に理解することができる(配当2時間).上流地域が開発により排水性の高い流域へ改変されると,下流地域への洪水集中が起こりやすくなる.洪水は流域の問題であることを理解させた.(4)洪水/水害,地震/震災の差異を理解させる授業(1年9月) 義務教育段階での防災意識は「地震だ⇒火を消せ」に代表される規範的なものであるが,後期中等教育以降では災害の構造を客観的に見る目を育てたい.そのためには自然災害の連鎖構造を理解させることが重要であると考えている(日原1993,1999).自然災害の連鎖構造は「_I_誘因⇒_II_自然素因⇒_III_加害力の作用⇒_IV_社会素因⇒_V_被害の発生⇒_VI_社会素因⇒_VII_災害の波及」という図式で捉えられる(水谷 1985)._V_や_VII_に至らないように,この矢印をどこかで断ち切ることが「防災」であることを理解させるために,9月最初の授業に「防災の日」にちなんだ特設的な「地震を考える」(配当2時間)を設定した.連鎖構造を理解させるためには,地震の場合,地形の階層的理解が不可欠である.「学校周辺の地形は○○である」=暗記の地理に慣れてきた生徒は単一の答えを信じている.しかし,現実には,大地形=変動帯,中地形=関東平野,小地形=沖積面,微地形=埋め立て造成地と,地形環境はMulti-scaleに構成されている._I_誘因は大地形・中地形の問題であり,_II_自然素因には小地形・微地形が効いてくる.この実践からは,まず,科学的に安全な地盤地域への居住(転居)という「防災」が浮上する.しかし,経済的に自立しえない高校生段階では,非現実的であると共に,ややもすると厭世的になりかねない.そこで,社会素因を考えさせる.義務教育時代に断片的な知識として覚えてきた震動時の行動,身の回りの家具の固定,防災グッズの準備等は_IV_にあたる.さらに,重要なのは_VI_であり,ここでは「助け合える,協調的な地域社会の構築」がひとつの鍵になり,その実現は高校生も日常生活を通じて十分担っていける.(5)文化祭でのビデオ「江東区の0m地帯」制作・発表(3年4-10月) 1年必修「地理A」の知識を発展させて,3年選択「地理」では10月の文化祭に参加するビデオ作品「江東区の0m地帯」の制作を行わせた(日原1998).生徒が脚本を作成し,景観を撮影して編集する.脚本確定に至る討論が防災教育として大きな意義を有していた.完成作品は文化祭で上映するとともに,近隣の小学校への配布を行った.3.防災教育の課題 これまでの実践から,学校教育における防災教育の課題として以下の点を指摘する. 1 地理に関する学習指導要領において「防災教育」が正当に位置づけられることが不可欠である. 2 生活地域と学区域がほぼ一致する義務教育段階と異なり,学校周辺と自宅周辺の自然環境が異なる場合が多い高校以上においては,現象の扱いに配慮が必要である. 3 2も含めて,発達段階を考慮した小中高一貫防災教育カリキュラムの構築が重要である.