- 著者
-
日野 資成
- 出版者
- 日本語学会
- 雑誌
- 國語學 (ISSN:04913337)
- 巻号頁・発行日
- vol.52, no.3, pp.92-93, 2001-09-29
上代の接頭語「い」「か」「さ」「た」「ま」などについては,従来「語調を整える」語として,リズムや音という観点から論じられてきた。本発表では,接頭語を用言に付く「い」と「さ」だけに絞り,その違いについて文法的な観点から以下のような仮説を提示した。「い」:動詞の意志性を示す機能「さ」:動詞(形容詞)の無意志性を示す機能この仮説は,上代歌謡にある「い渡る」の主語が意志性を持つ人が主語となるのに対し,「さ渡る」の主語が意志性を持たない動物(たにぐく,ほととぎす,たかべ)や自然物(月)が主語となることから導き出した。さらに,この機能を裏付ける例として,上代歌謡より接頭語「い」「さ」の付く動詞,形容詞を挙げて論じた。まず,接頭語「い」の付く動詞については,人を主語として取る動詞と人以外を主語ふことして取る動詞に分類し,人を主語として取る動詞「い触(ふ)る」「い辿る」「い取る」「い掘(こ)づ」などは意志性を持つ動詞であり,「い」によってその意志性が示されていることを説明した。一方,人以外のものを主語として取る動詞「(つむじが)い巻き渡る」「(三輪山が)い隠る」などでも「い」によって動詞の意志性が示されることを,主語「つむじ」や「三輪山」が擬人化されていることによって説明した。次に,接頭語「さ」の付く動詞,形容詞については,状態を表す語と動作を表す語とに分け,「さ寝(ぬ)」「さ曇る」「さ遠し」「さまねし」など,意志性を持たない状態性の語では,その無意志性を「さ」が示すことを説明した。一方,「(年魚子(あゆこ)が)さ走る」「(きぎしが)さ踊る」などの,動作を表す動詞「走る」「踊る」についても,その無意志性を「さ」が示すことを,人以外の無意志の動物(年魚子,きぎし)が主語であることによって示した。