著者
明日 徹 松尾 太加志
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.G0356, 2004

【目的】医療事故の事故分析や予防策を検討するにあたり,多くの分野の知見が医療界に取り入れられている.医療事故は構造的あるいはシステム的欠陥に起因するものであり,その原因の一つとしてコミュニケーション(情報伝達)が適切に行えなかったことによる場合が非常に多いと報告されている.本研究では,松尾が報告する心理的枠組みを用いて理学療法部門における情報伝達状況の実態を調査し,その心理的要因を検討することを目的とする.<BR>【方法】常勤が3名以上の病院に勤務する理学療法士(以下PT)742名に質問紙調査を依頼し,うち回答に不備がなかった587名(男性322名,女性265名)を分析対象とした(有効回答率79.1%).松尾の心理的枠組みに,PTが日常よく遭遇する業務内容をあてはめた.つまり,誤伝達による1要因(6項目),動因低下による2要因(主観的確信,ストレス因;各2項目),誘因低下による6要因(認知的コスト;2項目,社会的コスト《意識の共有;2項目,情緒的共有;1項目,地位の共有;3項目,知識の共有;4項目,情報の共有;7項目の合計17項目》)の合計9つの要因(全29項目)のいずれかが生じる状況を挙げ,それを経験する頻度などを4件法で,また医師,看護師,同僚PTとの情報伝達状況についての全体印象も4件法で回答を求めた. <BR>【結果・考察】情報伝達を阻害する回答を高得点になるように変換し,阻害得点とした.また各職種との現在の情報伝達状況については,情報伝達が不良な回答を高得点に変換した.動因低下・誘因低下の各要因から得られた阻害得点より,代表値となる得点を算出するために主成分分析を行い,動因低下・誘因低下の主成分得点とした.医師,看護師,PT,3職種の情報伝達状況の得点を合算した得点を従属変数とし,誤伝達による阻害得点の合計点,主成分分析にて求めた動因低下・誘因低下の主成分得点を独立変数とし重回帰分析(強制投入法)を行った結果,どの場合も有意な回帰式が得られ(医師;R<SUP>2</SUP>=.174,p<.01,看護師;R<SUP>2</SUP>=.128,p<.01,PT;R<SUP>2</SUP>=.068,p<.01,3職種;R<SUP>2</SUP>=.204,p<.01),全ての場合で誘因低下の要因が有意に影響を及ぼしていた.PTが各職種(医師・看護師・同僚PT)と情報伝達を行うにあたり,情報伝達を阻害する心理的要因として,誘因低下に関する要因(相手の時間や場所などが制約となる認知的コストや業務上の情報や知識の共有,地位の共有など)が大きな影響を及ぼしていることが示された.誘因低下の要因が情報伝達に影響を与えるということは,それらが引き金となり情報伝達を行うことへの動機づけが低下し,情報伝達(コミュニケーション)をしなくなるということである.よって誘因低下の要因に対して対策を講ずることが情報伝達を良好にし,コミュニケーションに起因する事故予防に繋がると考えられる.