- 著者
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生田目 学文
春川 美土里
- 出版者
- 東北福祉大学
- 雑誌
- 東北福祉大学研究紀要 (ISSN:13405012)
- 巻号頁・発行日
- vol.44, pp.97-114, 2020-03-19
本稿は,2011年3月11日に発生した東日本大震災によって起きた東京電力福島第一原子力発電所事故の報道に関する論考である。朝日新聞と読売新聞は世界でも屈指の発行部数を誇り,日本の世論形成に大きな影響力を持つマスメディアであるが,原子力発電については前者が脱原発,後者が維持・推進を主張している。この立場の相違が報道の違いに現れるのではないかという仮説に基づき,事故発生以来8年間激しい論争の的になってきた放射能の健康への影響についての報道を比較・分析した。その結果,記事件数は時間の経過に伴い全国規模で両紙ともに減少していた。朝日は特集記事において幼い子を持つ母親などの声を報じるなど,一般住民の健康影響への素朴な不安を取り上げる傾向があり,個人に寄り添う記事が多くを占めた。読売には報道記事が多い傾向があり,解説を通じて被曝の問題に対する正しい理解をもとに経済的に被災地復興に向けて進む方向性を示すという姿勢を読み取ることができた。放射線による健康不安を感じる必要はないとする専門家の声を多く取り上げ,むしろストレス等による生活習慣病等のリスクを報じた。朝日は脱原発の立場と健康被害に関するこれまでの報道との関連性を強く結びつけるものはなかったが,読売が踏み込んだ議論を行うのは震災後も原発維持・推進の立場であることと無関係ではないと推察されることが,8年間の研究結果を通して再確認された。