著者
鍛代 敏雄
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館年報 (ISSN:21862699)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.61-70, 2018-06-23

本稿の課題は、鎌倉期にはじまる石清水八幡宮寺祠官の印章に関する調査・研究の成果を報告するところにある。石清水八幡宮の印章に関するまとまった研究はない。そこで、本文では、別当・社務検校を務める祠官の私印について、あらためて検証した。とくに鎌倉期に確かめられる、幸清・宗清・耀清の3者の印章に関し、その形態、使用法、機能の3点を中心に論述した。なかでも、耀清の印章は、斯界においてほとんど知られていなかったが、国立歴史民俗博物館所蔵の国宝『宋版史記』の所蔵者であったことをはじめて発見した。その書誌学史上の意義は少なくないものと考える。なお、筆者は石清水八幡宮研究所主任研究員を兼任しており、本稿については、かかる調査・研究の成果の一部である。また、本学の博物館学芸員資格にかかわる単位取得履修講座・古文書学の授業を担当している。その概論のなかで、花押や印章の講義を行っている。今後の古文書学の授業に反映させていく所存である。This issues paper is to report the results of the investigation and research on the seal of the Iwashimizu- hachimangu (石清水八幡宮)shrine Temple the Shikan starts in the Kamakura(鎌倉)period. No large study on the sigil of the Iwashimizu-hachimangu shrine. So, about my impression of the Shikan(祠官)in the body, serve as intendant, Bettou (別当)and Kengyo(検校)again verified. Concerning the seal of kousei(幸清), sousei(宗清) and yousei(耀清), seen especially during the Kamakura, was discussed focusing on the forms, how to use, features three. The Shi ji(史記) was printed during the Song(宋)dynasty in China, in the collection of the treasures of the National History Museum of folkways, yousei sigil is little known in the field, but for the first time found. The significance of the bibliographical history no less considered. The Iwashimizu-hachimangu shrine Research Institute, and serves as this part of the results of such research and studies on paper. Also, are responsible for class credits course course concerning the qualification of Museum curator and Paleography. In its introduction, teaches kaou (花押) and seal(insyou 印章). On teaching of Paleography in the future to reflect.
著者
門脇 佳代子 渡邊 泰伸
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学研究紀要 = Bulletin of Tohoku Fukushi University (ISSN:13405012)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.93-107, 2016-03-18

船形山神社は宮城県北部南端の大和町に位置する。この地域は,古代において色麻柵を中心とした色麻郡の領域に含まれる。船形山神社に御神体として伝わる金銅仏「菩薩立像」は,久野健氏,松山鉄夫氏の紹介によって韓半島由来のものであることが指摘され,多くの識者の検討により百済仏とされてきた。本稿では従来までの美術史的な見方に,考古学的な知見を加味して,本像をこの地にもたらした人々の存在に迫った。古墳の変遷,官衙の成立,生産遺跡の操業などを視座にみると,渡来系の移民の姿が垣間見られる。中でも色麻古墳群より出土する須恵器は湖西窯跡品と考えられ,多数の移民の存在を推定できる。また色麻町土器坂瓦窯跡から出土した雷文縁4葉複弁蓮華文軒瓦によって7世紀末~8世紀初頭に紀寺系の軒瓦を使用した官衙と寺院が成立したことがわかる。古代色麻郡は多賀城以前の7世紀後半代には北進・西進の拠点となり,活発な動きのあった地域でもある。よって,従来まで8世紀~9世紀と考えれていた「菩薩立像」の当地への伝来の時期を見直し,渡来系移民による7世紀後半に位置付けたい。
著者
安藤 直子
出版者
東北福祉大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008 (Released:2008-04-01)

これまで遺伝資源としてまた文化資源として保護されてきた農用馬や在来馬を、保護に止まらず積極的に活用することを求める日本馬事協会の方針転換により、生産・飼養者が「生きた文化財」としての馬の価値を捉え直し、文化財に経済的な価値を付与する様相を分析した。特に天然記念物としての在来馬を文化財保護制度の枠組みの中で活用する際に生じる様々な問題を分析し、文化を資源化し活用する際の主体の戦略を考察した。
著者
門脇 佳代子
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館年報 = Tohoku Fukushi University Serizawa Keisuke Art Craft Museum annual report (ISSN:21862699)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.61-74, 2017-06-23

芹沢銈介の「布文字」と呼ばれる一群の作品は、翻る長い布が文字へと変化する独創的な表現で、昭和35(1960)年より盛んに作られた。布文字が登場する昭和30年代は、人間国宝となった芹沢が旺盛に作家活動を行った時期であり、他に飛白体を想起させる「福の字」(昭和33(1958)年)や「梵字愛染明王」(昭和34(1959)年)が制作されている。「梵字愛染明王」が初めて出品されたのは、昭和34年2月24日~3月1日にかけて開催された第1回无文会展であり、同年2月14日に柳宗悦へ宛てたハガキの中で制作中の作品として取り上げている。また同年5月11~17日に開催された柳宗悦先生書軸展では、柳の書の下絵を担当しており、その図柄のいくつかに梵字を取り入れている。東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館には、芹沢の練習とみられるカスレ描きの習作や梵字下絵が残されており、それらを含め発表作品を時系列に並べてみると、芹沢銈介の布文字成立には、飛白体や梵字の習得が前提にあったことがより明確になる。Serizawa Keisuke produced "cloth character" designs in which Chinese characters are depicted as long cloths, arranged to form the figures. From 1960, he created many such works, which were prized for their originality of expression. Two roughly contemporaneous works were his "Chinese character fuku"(1958)and "Sanskrit Aizen Myouou"(1959), both clearly showing his interest in characters.Serizawa wrote in a letter dated February 14, 1959 of his plans to create "Sanskrit Aizen Myouou." Sanskrit characters bear a resemblance to Serizawa's. Tohoku Fukushi University's Serizawa Keisuke Art and Craft Museum holds Serizawa's studies(pictures of Sanskrit characters drawn for practice). Comparing his "Sanskrit Aizen Myouou" and "cloth characters", it becomes clear that Serizawa's "cloth characters" developed out of his work with Sanskrit characters.
著者
袖井 智子
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学研究紀要 (ISSN:13405012)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.79-91, 2014

地域や職場,家庭でのつながりが薄れ「社会的排除」が顕在化し,子どもを取り巻く環境も大きく変化している。2006(平成18)年12 月,教育基本法が改正され,翌年7月には,「児童生徒の教育相談の充実について」という報告書がまとめられた。これにより,相談体制の重要性が認識され,翌年,スクールソーシャルワーク活用事業が導入されるようになった。 そこで本稿では,子どもを取り巻く状況の変化に伴い,2008(平成20)年にスクールソーシャルワーカー活用事業として開始されたスクールソーシャルワーカーについて,スクールソーシャルワーカーに関する取組,スクールソーシャルワーカー活用事業,スクールソーシャルワーカーの専門性について検討し,スクールソーシャルワーク活動を展開するために必要となる視点は何かについて考察した。 結果として,スクールソーシャルワーク活動を進めていくためには,スクールソーシャルワーカー活用事業等の体制整備が必要であること,関係諸機関との連携の充実が急務であること,専門的な教育を受けた質の高いスクールソーシャルワーカーが不可欠であり,大学等専門機関における養成が急がれることが明らかになった。
著者
水野 一枝
出版者
東北福祉大学
雑誌
若手研究(A)
巻号頁・発行日
2006 (Released:2006-04-01)

季節による睡眠温熱環境の変化が、幼児と母親の睡眠に及ぼす影響を検討するため、春、夏、秋、冬に実態調査と実験を行った。実態調査では、他の季節よりも夏の高温多湿環境が幼児と母親の睡眠を妨げていた。実験では、夏の高温多湿環境は幼児にのみ影響が見られ、他の季節よりも睡眠時間が短く、睡眠中の胸の皮膚の温度が高かった。実態調査、実験ともに高温多湿環境が幼児の睡眠に及ぼす影響が母親よりも大きい可能性が示唆された。
著者
田中 治和
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学研究紀要 (ISSN:13405012)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.1-21, 2010
著者
山下 祐一郎
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学研究紀要 = Bulletin of Tohoku Fukushi University (ISSN:13405012)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.79-93, 2018-03-20

2020年度から全面実施が予定されている小学校学習指導要領(平成29年3月公示)では,「プログラミングを体験しながら,コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けるための学習活動」が盛り込まれている。これに伴い,小学校教育養成課程では,プログラミング教育の実施に必要な知識・技能を修得するためのカリキュラムが求められている。そこで,本研究では,プログラミング教育に必要な知識・技能を大学生が修得するための授業計画を開発し,授業実践を行った。この授業実践では,プログラミング言語としてViscuitとレゴマインドストームを利用する。そして,大学2年生2名と大学3年生2名の計4名に対して全15回の授業を行った。授業を受講した学生らの自己評価の結果,4名中3名がプログラミング教育に関する理解が深まったと回答した。また,4名中3名が指導安略案にプログラミングを盛り込むことができた。
著者
福地 佳代子 濱田 淑子
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館年報 = Tohoku Fukushi University Serizawa Keisuke Art and Craft Museum annual report
巻号頁・発行日
vol.3, pp.67-84, 2012-06-23

昭和35(1960)年6月22日〜12月12日にかけて朝日新聞に連載された佐藤春夫の小説「極楽から来た」で、芹沢銈介は挿絵を型絵染の技法で表現するという初の試みに挑戦した。新聞連載「極楽から来た」は好評を博し、翌年2月に単行本が刊行、7月には挿絵のみを独立させた芹沢銈介作「極楽から来た挿絵集」が頒布されたが、その都度一部の挿絵には改変が加えられた。「極楽から来た」の制作において、芹沢と佐藤との間をとりもった明石・無量光寺の住職小川龍彦師は、連載の開始前から終了後まで、約130通の書簡を芹沢に送っており、その中には佐藤春夫の意向を受けた改変依頼をはじめ、図様の誤りや出版社による掲載順の間違いなど、重要な指摘がある。小川師書簡の精査を通して、「極楽から来た」制作のいきさつと、芹沢の試行の跡をたどる。
著者
福地 佳代子 濱田 淑子
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館年報 = Tohoku Fukushi University Serizawa Keisuke Art and Craft Museum annual report
巻号頁・発行日
vol.3, pp.67-84, 2012-06-23

昭和35(1960)年6月22日〜12月12日にかけて朝日新聞に連載された佐藤春夫の小説「極楽から来た」で、芹沢銈介は挿絵を型絵染の技法で表現するという初の試みに挑戦した。新聞連載「極楽から来た」は好評を博し、翌年2月に単行本が刊行、7月には挿絵のみを独立させた芹沢銈介作「極楽から来た挿絵集」が頒布されたが、その都度一部の挿絵には改変が加えられた。「極楽から来た」の制作において、芹沢と佐藤との間をとりもった明石・無量光寺の住職小川龍彦師は、連載の開始前から終了後まで、約130通の書簡を芹沢に送っており、その中には佐藤春夫の意向を受けた改変依頼をはじめ、図様の誤りや出版社による掲載順の間違いなど、重要な指摘がある。小川師書簡の精査を通して、「極楽から来た」制作のいきさつと、芹沢の試行の跡をたどる。"Gokuraku Kara Kita "by Sato Haruo was originally serialized in the Asahi Shinbun newspaper between June 22 and December12,1960, with 173 illustrations by Serizawa Keisuke. This was the first time, Serizawa had created newspaper illustrations usinga stencil-dyeing on paper process. The series proved very popular, and many readers took note of Serizawa's illustrations. Whenthe series came out in book form, in May 1961, Serizawa designed the cover. Then in July 1961, he independently republishedhis 173 dramatic, stencil dyed illustrations with hand-painted details. In developing a new project, illustrations are often changed.For the project that they undertook for the Asahi Shinbun newspapaer, Ogawa Tatsuhiko corresponded with Sato and Serizawa.The 130 letters which Ogawa wrote to Serizawa yield important insight into this process. For example, Sato's desire to modifyillustrations, errors in the figures, printing mistakes by the publishing company, etc. Examining Ogawa's letters in detail, we hopeto better understand the circumstances involved in producing "Gokuraku Kara Kita " and gain insight into Serizawa's process oftrial and error.
著者
渡会 純一
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学研究紀要 (ISSN:13405012)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.229-240, 2013

2011年3月11日におきた「東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)」により、特に岩手・宮城・福島の沿岸部には町が壊滅状態となる地域が発生し、仮設住宅に居住している世帯が未だ多い現実において、音楽はそのような地域に対してどのような役割を果たしているのか。それを知るべく、本研究ではさまざまな状況のなか行われている被災地における演奏活動において、演奏家がどのように考え実践してきたのかについて、複数の「被災者でもある演奏家」に半構造化インタビューを行い、そこから得られた言語データから現象の構造化を行った。それにより、被災者が演奏を始めるに至るまでの思考のプロセスについて、① 震災による演奏の自粛と演奏支援に来る人々の演奏に対する葛藤、② 被災者が演奏を発信するにあたっての思いや留意点について、以上二つの上位カテゴリーをもつ構造を作成した。さらに、その結果をA.H.マズローの欲求階層説に照合し、時系列を追うごとに変化する欲求の満足度についても考察を加えた。
著者
佐藤 俊治
出版者
東北福祉大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2002 (Released:2002-04-01)

ヒトの視覚情報処理過程を説明する数理モデルは、視覚の柔軟性や汎化性を考慮すると、画像工学的にも有効である必要がある。そこで、物体検出を行なっているV4野細胞の動作原理として、動的輪郭法を採用し、物体検出を行なう視覚モデルを提案した。また、動的輪郭法が抱える問題を、認知心理学研究で得られた視覚特性(凸性)を導入することで解決した。神経生理学的実験により、視覚的注意の影響はV4細胞の活動度に影響を及ぼすことがわかっている。そこで、提案した物体検出モデルに視覚的注意の効果を導入した、統合的な視覚モデルの提案を行なった。統合的視覚モデルの妥当性を評価するために、図地反転現象に関する視覚心理実験を行なった。この心理実験結果と、モデルの動作特性が一致することを数値シミュレーションにより見出した。さらに、提案モデルの理論的な動作解析から、注意の範囲が知覚に影響を及ぼすことを予測した。この予測の妥当性を評価するために現在、新しい心理実験を行なっている。提案モデルは基本的に、反応拡散方程式に基づいて動作するが、結果を得るまでに長い時間を要するという問題点があった。そこでこの問題を解決するために、多解像度理論であるスケールスペース理論を用いて、スケールで一般化された微分演算子を統合的視覚モデルに導入した。数値シミュレーションにより上記問題点が解決され、さらに、V4野における長距離水平結合の計算論的解釈が可能となった。より高次の視覚情報処理であるパターン認識に関しても研究を進め、大きな位置ずれや変形に対しても頑健に動作する視覚モデルを提案した。また、ICA(独立成分解析)とPCA(主成分分析)を複数回組み合わせたパターン学習方法を提案し、同時に、汎用性の高いパターン認識のための神経回路網モデルの提案を行なった。
著者
杉山 敏子 丸山 良子 柏倉 栄子 小笠原 サキ子 田多 英興
出版者
東北福祉大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006 (Released:2006-04-01)

本研究の目的は,看護の諸場面におけるケアの効果を,種々の指標によって多面的に評価するための指標の開発をすることと,同時にさまざまなケアを行うことによって人の身体あるいは心にどのような変化が起こるのかの基礎研究である。看護場面での生理指標として,内因性瞬目の可能性を検討した。また,睡眠と活動量についての相関について検証を行った。内因性瞬目については,乳児から高齢者まで看護の指標となるよう基準値が得られるよう測定を行った。その結果,乳児は平均0~2回/分,成人~高齢者は20回/分前後であった。また,女性の瞬目率は40歳以降になると男性よりも有意に多かった。また,内因性瞬目は近年発達障害の指標としても使用されており,看護の中でも状態の観察の一項目として有用な指標と考えられた。睡眠については,夜間の病棟内の騒音と睡眠の程度について調査を行った。夜間の音の大きさは外科病棟,内科病棟ともに40~47dBで,患者が目覚める原因となる音は大きさよりも,ナースコールや救急車の音であり,非日常的で病院特有な音が原因となっていた。また,患者の日中の活動量と睡眠状態の関連性については,療養高齢者の睡眠は,睡眠時間が長く,睡眠型は良好で,睡眠習慣が規則的である。療養高齢者の睡眠習慣と活動状況には,負の相関がある。療養高齢者の睡眠の質に対する主観的な評価と客観的な評価は異なっていて,客観的には悪いのだが,主観的には良好としている。
著者
門脇 佳代子
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館年報 = Tohoku Fukushi University Serizawa Keisuke Art and Craft Museum annual report (ISSN:21862699)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.63-74, 2016-06-23

静岡市立芹沢銈介美術館所蔵「中尊寺参詣曼荼羅二曲屏風」は、岩手県平泉地方の寺社と、そこを参詣する人々の賑わいを描いた絵画である。類例として岩手県中尊寺に伝来する「平泉諸寺参詣曼陀羅図」が知られており、天正元(1573)年に回禄した毛越寺や観自在王院の堂塔を再建するため制作された可能性が高いと考えられている。本稿では、描写および構図の比較を通して、この二作品が同一の工房で制作されたこと、また「平泉諸寺参詣曼荼羅図」が先行して描かれ、後に平泉古図などの影響も受けつつ「中尊寺参詣曼荼羅二曲屏風」が描かれたことを指摘する。Chuson-ji Sankei Mandara is a painting owned by the Shizuoka City Serizawa Keisuke Art Museum. It depicts temples of the Hiraizumi district and visitors to their grounds. Interestingly, another painting connected with Chuson-ji, known as Hiraizumi-shoji Sankei Mandarazu, is thought to have been produced to aid in rebuilding a temple building destroyed by fire in 1573.Comparing these two works, I found that both paintings were produced in the same studio, and that Chuson-ji Sankei Mandara was drawn after Hiraizumi-shoji Sankei Mandarazu.
著者
鍛代 敏雄
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館年報 (ISSN:21862699)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.61-70, 2018-06-23

本稿の課題は、鎌倉期にはじまる石清水八幡宮寺祠官の印章に関する調査・研究の成果を報告するところにある。石清水八幡宮の印章に関するまとまった研究はない。そこで、本文では、別当・社務検校を務める祠官の私印について、あらためて検証した。とくに鎌倉期に確かめられる、幸清・宗清・耀清の3者の印章に関し、その形態、使用法、機能の3点を中心に論述した。なかでも、耀清の印章は、斯界においてほとんど知られていなかったが、国立歴史民俗博物館所蔵の国宝『宋版史記』の所蔵者であったことをはじめて発見した。その書誌学史上の意義は少なくないものと考える。なお、筆者は石清水八幡宮研究所主任研究員を兼任しており、本稿については、かかる調査・研究の成果の一部である。また、本学の博物館学芸員資格にかかわる単位取得履修講座・古文書学の授業を担当している。その概論のなかで、花押や印章の講義を行っている。今後の古文書学の授業に反映させていく所存である。This issues paper is to report the results of the investigation and research on the seal of the Iwashimizu- hachimangu (石清水八幡宮)shrine Temple the Shikan starts in the Kamakura(鎌倉)period. No large study on the sigil of the Iwashimizu-hachimangu shrine. So, about my impression of the Shikan(祠官)in the body, serve as intendant, Bettou (別当)and Kengyo(検校)again verified. Concerning the seal of kousei(幸清), sousei(宗清) and yousei(耀清), seen especially during the Kamakura, was discussed focusing on the forms, how to use, features three. The Shi ji(史記) was printed during the Song(宋)dynasty in China, in the collection of the treasures of the National History Museum of folkways, yousei sigil is little known in the field, but for the first time found. The significance of the bibliographical history no less considered. The Iwashimizu-hachimangu shrine Research Institute, and serves as this part of the results of such research and studies on paper. Also, are responsible for class credits course course concerning the qualification of Museum curator and Paleography. In its introduction, teaches kaou (花押) and seal(insyou 印章). On teaching of Paleography in the future to reflect.
著者
星山 幸男 佐々木 康明
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学研究紀要 = Bulletin of Tohoku Fukushi University (ISSN:13405012)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.201-216, 2013-03-22

社会教育施設における指定管理委託の問題は、すでに多くの検討がなされているが、東日本大震災の被害を受けたところでは、この制度の本質にかかわる新たな問題が浮かび上がっている。そこで、宮城県南三陸町の総合スポーツ施設ベイサイドアリーナの事例を分析し、社会教育の課題に迫った。 事例では、施設が指定管理体制に移行された経緯と委託業務内容、震災発生時の状況と対応、その後の経過とスタッフの対応、指定管理者である企業から派遣された職員が直面した現実、そこで浮き彫りになった問題点について具体的にみていった。そこから、自治体と企業の板挟みとなり、それでも不眠不休の対応を進めた職員の姿が明らかとなった。 指定管理委託された社会教育施設では、公的施設であるがゆえに、自治体と指定管理者との二つの指揮系統下におかれる職員の性格のあいまいさが問題であり、専門的職員としての捉え直しの必要性が課題であることが明確になった。さらに、施設の管理運営の連続性・継続性と行政・指定管理者間の連携の問題、職員の専門性確保と研修の問題が課題であることを明らかにした。