著者
時安 樹子 木藤 伸宏 奥村 晃司 吉用 聖加 佐々木 誠人 川嶌 眞人
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.83, 2004

【はじめに】<BR> 拘縮肩の理学療法の目的は、疼痛軽減と関節可動域(以下、ROM)改善が主である。症状の改善が得られない場合、関節鏡を併用した授動術が行われる。臨床的には、それによって改善傾向に進む症例と、改善が得られず、再度拘縮肩へと移行するケースがある。後者の場合、理学療法として単にROM訓練、筋機能訓練に主眼を置くアプローチのみでは限界を感じている。<br> 今回、ROM制限、疼痛が強く、上肢運動機能改善に難渋した拘縮肩を有する症例を経験し、肩甲帯・体幹の動き、重心の位置に着目し理学療法を行い職場復帰まで至ったので報告する。<br>【症例紹介】<BR> 年齢:47歳 性別:男性 職業:消防士<br> 診断名:右肩関節拘縮<br> 現病歴:平成15年10月下旬、階段から転倒しそうになり右手で手すりをつかんだ際に疼痛出現。近医受診し注射治療にて様子を見ながら仕事を続けていた。その後、徐々に夜間痛、運動時痛増強し、12月に当院受診。12月18日右肩関節鏡視下授動術施行となった。<br> 手術所見:前方関節包付近に瘢痕様組織あり。前・後・下方関節包を鏡視下に切離し完全屈曲、外旋60獲得。<br>【術前理学療法評価】<BR> 安静時痛visual analogue scale(以下、VAS)0/10、夜間痛VAS 10/10、運動時痛VAS 10/10、疼痛部位は肩関節前方にあり、肩峰下・結節間溝部に圧痛が認められた。ROMテストでは右肩関節屈曲115、外転80、外旋10、内旋60であり、外転時肩甲帯挙上・体幹左側屈、外旋時肩甲骨内転・体幹右回旋による代償が強く認められた。徒手筋力テストは疼痛のため測定困難であった。筋の状態は右頚部筋の緊張亢進、右棘下筋の萎縮が認められた。姿勢評価として右肩峰、肩甲骨下角の高さが左側と比較して低く、胸椎に軽度左凸の側弯が認められた。<br>【術後理学療法所見】<BR> 術翌日より理学療法開始し、術後2週間三角巾固定。訓練時のみ三角巾除去。術後、疼痛・脱力感の訴え強く、立位にて右上肢下垂困難、振り子運動、肘・手関節のROM訓練も困難な状態であった。アライメントは胸椎後彎・右側肩甲骨外転・肩関節内転、内旋・肘関節屈曲・右肩甲帯挙上位であった。それによって右肩関節から頚部周囲筋の筋緊張亢進し、右頚部・右肩甲骨内側に疼痛があった。また、胸椎後弯により肩甲骨外転位となり関節窩と骨頭の位置関係が崩れていた。また動作時、左側へ重心移動を行う傾向があった。今後その状態にて挙上を行うと疼痛・可動域制限が生じると考え、挙上しやすい環境を作ることが重要と判断した。<br>【理学療法アプローチ】<BR> (1)頚部筋のリラクゼーションを目的として、スリングセラピー施行。(2)下部体幹安定性の獲得を目的としてエアスタビライザーを用いて坐位保持訓練、左右への重心移動を行い、胸椎伸展に伴う肩甲骨の内転運動を促した。(3)身体全体の正中化を図る目的として右下肢での片脚起立訓練、ストレッチポールを用いた立位保持を行った。(4)関節包内運動、ROM制限となる筋・靭帯に対するストレッチを行い、ROMの改善を図った。<br>【経過】<BR> 術後1ヶ月にて退院となり、下肢荷重検査を施行した。その結果、左下肢での荷重が多く、上半身重心の左側方偏位より左下肢への荷重量が増加していた。<br> 術後2ヶ月頃より疼痛軽減が認められ、下部体幹の安定化、坐位・立位でのアライメントの改善、身体正中化が得られた。<br> 術後3ヶ月での評価においては、安静時痛VAS 0/10、夜間痛VAS 2/10、運動時痛VAS 5/10であった。ROM制限は依然として認められるが、右肩関節屈曲120、外転100、外旋20、内旋50と改善した。また、術前と比較して体幹・肩甲骨での代償運動は軽減した。姿勢では、両肩峰・肩甲骨下角の高さも改善し、下肢荷重検査においても左右差の改善が認められた。疼痛の軽減に伴い右肩関節を動かすことへの恐怖感も軽減し、右上肢での日常生活動作が可能となり、職場復帰可能となった。<br>【まとめ】<BR> 本症例は術前より疼痛強くROM制限が著明であるため、肩関節そのものに対するアプローチよりも、肩関節の運動機能を発揮できる環境作りのために、全身的なアプローチを行った。依然としてROM制限、筋機能低下は残存しているものの、本症例に行ったアプローチは疼痛を伴う症例に行うことは有用であると思われ、具体的詳細、考察を加え報告する。