著者
風呂田 利夫 須之部 友基 有田 茂生
出版者
日本貝類学会
雑誌
Venus : journal of the Malacological Society of Japan (ISSN:13482955)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.15-23, 2002-06-30
被引用文献数
2

東京湾ならびにその近隣の干潟において, ウミニナ科ならびにキバウミニナ科に属する腹足類の地域個体群がホソウミニナを除いて消滅しつつある。埋め立てにより閉鎖状態で孤立化して存在する東京湾奥部の谷津干潟には, ウミニナ科のウミニナBatillaria multiformisとホソウミニナB. cumingiが生息する。この干潟でのウミニナ類の個体群調査結果から, ホソウミニナは新規加入による個体群の急激な増加傾向が認められたが, ウミニナは長年にわたり老齢個体がわずかに残るのみで, 絶滅が危惧される。ウミニナを水槽飼育したところ卵鞘を生産し, その中からプランクトン幼生が孵化した。谷津干潟は干潮時にはほぼ前面が干出するため, 干潟で孵化したウミニナのプランクトン幼生は東京湾水中に移送されると考えられる。東京湾ではウミニナの生息地である干潟は埋立により孤立的にしか残っておらず, また幼生が放出される夏期は底層の貧酸素化が著しい。したがって, 東京湾水に移送された幼生が干潟に回帰し着底できる可能性は低く, このことがウミニナの新規加入を抑制していると推察される。これに対して, 直達発生により親の生息場に直接加入できるホソウミニナ(Adachi & Wada, 1997)では, 親個体群が形成された後は同所的再生産により個体群は比較的容易に継続もしくは拡大されると推察される。これらのことは, 孤立化した干潟におけるウミニナ類の個体群維持において, プランクトン発生は不利に, 直達発生は有利に機能する可能性が高いことを示唆している。