- 著者
-
野村 和之
望月 貴子
- 出版者
- 公益社団法人 日本語教育学会
- 雑誌
- 日本語教育 (ISSN:03894037)
- 巻号頁・発行日
- vol.169, pp.1-15, 2018 (Released:2020-04-26)
- 参考文献数
- 29
点数至上主義の競争文化で学歴が社会的威信に直結する香港では,学校が強い影響力を持ち,学校での競争で優位に立てない青少年は抑圧や劣等感に晒される。本稿はエスノグラフィーの手法で香港人青少年の日本語学習を社会文化的文脈に絡めて分析し,青少年学習者にとって,日本語学習が学校での抑圧から逃れるための「心の拠り所」 (safe house) として機能していることを明らかにする。香港において日本語は大学入学資格試験の選択科目になるなど十分な威信を持ち,学校内外での日本語学習は青少年が学校からの抑圧への「対抗的アイデンティティ」 (subversive identity) を構築する基盤となっている。その反面,心の拠り所となるはずの日本語学習も香港の競争文化と無縁ではない。香港で広く普及するSNS を媒介した青少年学習者同士の繋がりの中にも,言語能力・文化的知識・新情報の入手速度などをめぐり,学校での競争と共通した優越感と劣等感のせめぎ合いが存在している。