著者
朝田 郁
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2017-04-01

本研究では、イエメン・ハドラマウト地方出身のアラブ移民ハドラミーに注目し、彼らの移住活動を支える現代的なファクターの解明を目的とする。特にインド洋海域世界の西側、東アフリカとアラビア半島の間に構築された、彼らのネットワークの多元的な理解を目指している。これまでの調査では、東アフリカ・タンザニア島嶼部のザンジバルと、アラビア半島の湾岸産油国アラブ首長国連邦のドバイ、アブダビ、そしてアジュマーンを対象として、現地に存在するハドラミーのコミュニティでフィールドワークを実施した。ザンジバルは東アフリカ沿岸部の中でも、20世紀の後半まで多くのハドラミー移民を集めた場所であり、アラブ首長国連邦は近年、ハドラミー移民の新たな移住先となっている場所である。調査においては、ホスト社会と移民の関係を使用言語、共有されたイスラーム的規範、そして移民の送り出しと受け入れに関わるエスニシティの役割を通して記録している。2020年度は、後述のように新型コロナウイルス感染症のパンデミックを受けて、現地への渡航が不可能であった。そこで収集済みの調査資料から、移民とホスト社会で共有されているイスラーム的規範についての分析を進めた。ハドラミー移民は、独自のスーフィー教団をホスト社会に導入しており、ザンジバルのコミュニティではその活動が顕著に見られるようになっている。特に、長年にわたって現地政権が禁止していた公の場での宗教的祭事が、近年、スーフィー教団を中心に様々な形で復活している。一方で、アラブ首長国連邦におけるハドラミー・コミュニティでは、スーフィー教団の活動は認められるものの、その影響は限定的なものに留まっていた。また、東アフリカからの再移住者とイエメンからの直接の移住者の間でも、スーフィー教団の活動に対する関心に温度差があり、必ずしも同様のイスラーム的規範が共有されているとは言えない面があった。