著者
木戸 調
出版者
北海道社会学会
雑誌
現代社会学研究 (ISSN:09151214)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.51-68, 2019 (Released:2020-07-31)
参考文献数
14

アイヌ民族にかかわる先行研究では,アイヌ民族の主体的な「アイヌ史」の構築が求められている一方で,マジョリティである和人が同化を強制したとする「悲劇」的な歴史観が強かった。加えて,現在まで継承されているアイヌ文 化が存在することを踏まえられていない。そこで本稿は,同化をマイノリティが経験する現象と理解し,『蝦夷の光』『エカシとフチ』を対象に,差別的な状況を改善しようとするアイヌ民族個々人の戦略の中に同化を位置づけ,考察した。その結果,まず1900 年代から1910 年代は困窮に対する戦略が意図せざる結果としての文化的同化を引き起こしていたこと,1920 年代以降,差別が増加することで意識的な戦略としての文化的同化が生じていったことが明らかと なった。このように,困窮が意図せざる結果としての同化を,差別が意識的な文化的同化をもたらしたといえる。一方で,1930 年代以降の困窮に対する戦略の中に,アイヌ文化を観光業の中で利用する「観光化」が存在していた。この「観光化」がアイヌ文化継承の糸口となったことが示唆された。このように,アイヌ民族個々人の戦略を分析すること,継承の可能性を踏まえながら同化を考察することができた。また,アイヌ民族の戦略は同化のみにとどまらず,「観光化」が存在したように,常にその構造を超える可能性をはらむものであったのではないだろうか。