著者
木野 千晶 鈴木 喜雄 宮村(中村) 浩子 武宮 博 中島 憲宏
出版者
一般社団法人 日本計算工学会
雑誌
日本計算工学会論文集 (ISSN:13478826)
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.20090022-20090022, 2009-11-17 (Released:2009-11-17)
参考文献数
11

流体・構造・化学反応など様々な物理的・工学的現象を考慮した大規模数値シミュレーションの必要性・重要性は年々増している.大規模・複雑な数値シミュレーションからは膨大なデータが出力されるのに対し,そのデータ解析に投入できる計算機資源や研究者の認識能力には限界がある.そのためデータ全体を様々な観点から多角的に精査することは困難であり,研究者は着目すべき領域や現象を絞って可視化・解析するなど解析対象を取捨選択する必要がある.このような解析対象の取捨選択は,見落としや誤認など多くのヒューマンエラーを発生させる要因となり,大規模・複雑な数値シミュレーションを実施するに当たって大きな課題となっている.著者らはこのような大規模・複雑データ解析を支援するために,“認識能力を備えたデータ解析システムCognitive methodology based Data Analysis System (CDAS)”を開発している.CDASは「ある気泡周辺領域における全体平均速度より高い速度領域が発生している」や「応力が集中し,その最大応力が材料の降伏応力を超える領域が存在する」などの物理的・工学的意味を発見・抽出するデータ解析プロセスをデータベースに蓄えておき,それらを実行することでユーザーに物理的・工学的意味を伴ったデータ解析結果 (物理的・工学的情報) を提示するシステムを目標としている.CDASを開発することで,ユーザーは自身が指定した観点からの物理的・工学的情報に留まらず,異なる観点から解析された多種多様な物理的・工学的情報を知ることが可能となる.このような多角的な解析は,見落としや誤認などのヒューマンエラーを防ぐ上で重要であると考えられる.CDASを実現するには,様々な解析体系において実施された数値シミュレーションの結果データに含まれる物理的・工学的意味を,汎用的に処理する能力 (認識能力) を備える必要がある.ここで「認識能力」とは,意味情報を整理・検索・共有・生成し,生成された意味情報を再利用できる能力を指す.数値シミュレーションの結果データは解析体系・条件,物理量データに関する単なる数値の集合に過ぎない.このような数値集合から物理的・工学的意味を発見・抽出するには,数値情報に対しシステムに認識可能な形式で意味情報を付加する方法論を確立する必要がある.本論文ではシステムによる物理的・工学的意味情報の整理,検索,共有に留まらず,生成,再利用までを可能とするための科学概念語彙(Scientific Concept Vocabulary : SCV)情報モデルを提案している.本モデルでは,科学的知識を科学的知見・科学的情報・科学概念という階層構造によって捉えている.科学的知見とは自然現象に見られる様々な特徴を把握・理解するための情報である.この科学的知見を積み重ねることで科学的知識が構成されていく.科学的情報とは「ある観測対象が,ある観測空間における時空間分布情報」と定義され,科学的知見はこの科学的情報を分析することで得られる.この科学的情報は科学概念によって構成されたものであると捉え,この科学概念をシステムが数値的に扱えるようにするため,その意味を定義する具体的な実体データを付して記述することができるように科学概念語彙を提案した.科学概念語彙では概念の持つ物理的・工学的意味情報が数値データやアルゴリズムによって,その概念が持つ意味に即した実体データによって定義されている.よって,この実体データを用いてシステムによって新たな物理的・工学的意味果 (実体データ) を生成することが可能となる.この新たに生成された物理的・工学的意味果 (実体データ) もまた科学概念語彙情報モデルの枠組みの中で記述されることで,その生成された意味を再利用し,さらに新たな物理的・工学的意味果 (実体データ) を生成することも可能とする.本論文では科学概念語彙を用いて上昇気泡流解析および原子炉内熱流動解析に適用し,「接近した気泡」や「燃料棒周辺における液膜破断」などの物理的・工学的意味を持った情報の抽出に成功した.これにより本モデルを用いることによって,数値シミュレーション結果より物理的・工学的情報を発見・抽出するシステムの実現は十分に可能であると言える.