著者
杉村 直美
出版者
愛知県立日進西高等学校
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2009

<本研究の具体的内容>本研究申請時には、発達障害児をとりまく保護者と学校の齟齬を解明するため、まずは保護者の「傷つき」の「物語」を明確にし、その上で養護教諭を中心とする学校関係者に聞き取り調査をする予定であった。しかし、発達障害「親の会」を通し現実に調査依頼をしたところ、「相談にのってくれるのならうれしいと思ったが、調査に使用されたくはない」「もう一回自分の傷をえぐることになりそうで、話したくはない」などの理由で、個人的な聞き取りを拒否する保護者が大半であった。結局「親の会」役員が「会としてうけた相談」のいくつかをエピソードとして提供してくれることになった。一方で、「障害学会」などに参加している当事者から「聞き取り許可」を得る機会に恵まれた。これらの話からは、学校における「傷つき」体験は、「なんらかの支援が欠けていた」/「支援が不適切であった」というような「特別支援」や「ケア」的行動の不足・不適切さよりも、むしろ学校教員のとる日常的な言動や思考形態-「教員文化」とよびうるもの-に起因することがうかがわれた。そこで、学校関係者へのききとりは、保護者と当事者の傷つき体験の中から代表的だと思われるものを選択し、そのときにその教員がとりうるであろう行動とその背景を聞き取ることとした。<本研究の意義とその重要性>保護者側・当事者側から提供される「語り」は「第三者」にとって、学校教員の言動の「心なさ」「発達障害に対する不勉強の証」として一般的に認知される可能性が高いものであった。しかしこの同じ言動が、教員側からも「心なさ」「不勉強」とみなされるケースは少なく、大多数の教員にとってその言動は「学校秩序」を維持するためにも「正統な言動」と評価されるものであることが明確になった。本研究の意義は、こうした保護者・当事者と教員との「すれちがい」/「異相」を明確にできたことにある。さらに両者の「語り」から、その「異相」をうめる現実的な方法論と今後の課題を明確にできた点が、重要である。