著者
杉江 恒二 芳村 毅
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.20, no.5, pp.101-148, 2011-09-15

海洋酸性化が海洋生物に及ぼす影響に関する研究が近年勢力的に行われている。本総説では,先ず,地球史における海水のpHの変遷と現代の海洋酸性化とを対比しながら植物プランクトンの動態について考察した。続いて,海洋酸性化の実験方法および植物プランクトンの生理生態と物質循環に及ぼす影響に関して近年の報告を中心にまとめ,以下の課題を抽出した。(1)過去の海洋酸性化の研究において亜寒帯や寒帯および外洋性の単離培養株が用いられていないこと,生息域や生活環に基づく実験が行われていないことは,自然環境における海洋酸性化の影響を把握する上での知識の欠如となっている。(2)pHの変化によって鉄と錯形成をする有機配位子の化学形態や2価鉄の濃度が変化するため,それらが生態系に及ぼす影響を評価する必要がある。(3)pHの低下により植物プランクトン細胞の有機炭素:リン比は増加する傾向,有機炭素:窒素比はほとんど変化しない傾向にある。一方では,pHの低下が溶存有機物およびケイ素の動態に与える影響には未解明な点が多いため,研究を促進させる必要がある。(4)pHの低下と鉄などの微量元素の利用性との複合作用がシアノバクテリアの窒素固定速度に及ぼす影響を明らかにし,窒素循環過程の理解を深化させる必要がある。