著者
三枝 豊平 李 伝隆
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.1-"24-Plate1", 1982-12-20

ウンナンシボリアゲハBhutanitis mansfieldi(RILEY, 1939)は,中国の雲南地方で採集を行った英国の植物学者,G.FORRESTの採集した蝶類標本の中から,M.J.MANSFIELDが見出した1♀の標本に基づいて記載された種である.本種は原記載以来全く標本がえられず,しかもこの標本には信頼にたるデータが全くついていなかった.本種はBhutanitis属の他種に比較して,翅形や翅斑がLuehdorfia属と一見類似したところがあり,しかも白く顕著なsphragis(交尾後付属物)をつけているために,MUNROE(1960),ACKERY(1975),日浦(1980)は本種とLuehdorfia属との類縁関係に触れており,本種の♂の発見に期待していた.特に日浦(1980)は,斑紋,翅形,翅脈,交尾後付属物,爪等の形態にもとついて,本種を模式種とするYunnanopapilio属を創設した.1981年春に,北海道山岳連盟は中国四川省の貢〓山(ミニヤ・コンガ山)に登山隊を派遣したが,その際同山麓の新興村の近く標高2,200mの地点で,隊員の梅沢俊,故浦光夫の両氏が全く偶然にも本種を♂♀合わせて14頭も採集した.これらの標本は次に述べる亜種的な相違をあらわしているものの,その諸形質はB.mansfieldiと完全に一致し,この種と同一種であることはほとんど疑いない.本論文では,これらの標本にもとついて新亜種の記載を行い,またその形態学的形質を近縁種やLuehdorfia属と比較することによって,本種の分類学的位置について言及する.Bhutanitis (Yunnanopapilio) mansfieldi pulchristriata subsp. nov.斑紋や翅形の詳細は原色図版で示されているので省略し,従来不明であったいくつかの形態学的特徴について記述する.複眼は大形で黒色,全面に長さ約0.3mmの黒色の細毛を密生する.触角の先方2/3では各小節の先端の下面が鋸歯状に突出する.♂交尾器:第8背板の形状は一般的,その後縁部には長く硬い黒毛をいくらか生ずるが,鱗毛状の軟毛はみられない.♂交尾器は比較的大形,tegumenはその周縁部に沿って走る円形の内面隆起線と,これにとり囲まれた十字形の内面隆起線を具える;uncusは基部がほぼ左右に二分され,基部側縁に有毛の小隆起を生じ,著しく細長く,直線状に後方へ伸びる1対のuncal processを生ずる;valvaは側面からみるとほぼ菱形で,端半部にはsetaeを生じ,内面は広くanelliferとなり,遊離骨片または膜状片としてのharpeは存在しない;valva先端部はかなり強く細まり,突起状になる;aedeagusは著しく長く,直線状,先端は鋭く尖る.♀交尾器:第8背板は腹板と完全にゆ着し,その後半部の側部は下方へ拡大し,両側縁は第8腹節の腹中線部でほぼ相接する;apophysis anteriorisを欠く;ostium bursaeは第8腹板の前縁に近く開口し,その周囲は弱く隆起し,またその後方の腹中線部は顕著な竜骨状突起となる.Sphragisは今回採集された3頭の♀のいずれにも付着しており,色彩は黄白色ないし淡黄褐色.その形状や大きさはやや変異がみられるが,いずれも交尾した状態での♂交尾器の先端部の鋳型の形状をなし,ostium bursaeの両側にあたる位置にはvalvaeの先端部に対応する1対の小孔があり,aedeagus挿入部近くには1〜2本の細くやや曲ったフィラメント状のものが突き出している.前翅長:(♂)40.0-42.5mm,(♀)41.0-43.5mm.翅開長:(♂)67.0-72.0mm,(♀)71.0-73.0mm.分布:中国四川省.完模式標本♀,中国四川省濾定県新興(2,200m),7.iv.1981,梅沢俊採集(中国科学院動物砥究所蔵).別模式標本:11♂♂2♀♀,完模式標本と同一データ,梅沢俊または浦光夫採集(中国科学院動物研究所,北海道大学農学部昆虫学教室,九州大学教養部生物学教室,国立科学博物館,大阪市立自然史博物館,五十嵐邁所蔵).新亜種♀の原名亜種♀からの相違点.1)翅表の黄色条や黄紋は新亜種の方がより減退し,細くまた小形,2)後翅裏面中空の分岐した黄色細条の前枝は新亜種では第5,6脈基部の中央近くで終る(原名亜種では第6脈基部で終わる),3)後翅第4脈の尾状突起は新亜種の方が長く,尾状突起を除く第4脈長の約3/4,尾状突起の先端は強くサジ状に拡大する,4)第3脈の尾状突起も長く,これを除いた第3脈長の1/5よりやや長い,5)後翅表第2室にも亜外縁橙色紋があらわれる.