著者
李 杏理
出版者
ジェンダー史学会
雑誌
ジェンダー史学 (ISSN:18804357)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.37-53, 2017-10-20 (Released:2018-11-01)
参考文献数
39

本稿は、在日朝鮮人による濁酒闘争について、1930-40年代の史的・政策的背景を踏まえてそのジェンダー要因を探る。在日朝鮮人女性の存在形態は、植民地期から6割を超える不就学と9割を超える非識字により底辺の労働にしか就けない条件下にあった。日本の協和会体制下では日常にも帝国権力が入り込み濁酒を含む生活文化が否定された。それでも朝鮮人女性が濁酒を「密造」したという個別の記録があり、小さな抵抗は積み重ねられてきた。「解放」を迎えた朝鮮人女性たちは、いち早く女性運動を組織し、ドメスティック・バイオレンスの解決や識字学級、脱皇民化・脱植民地の新たな生を歩み始めた。ようやく自由に朝鮮語や歴史を学び、自分たちが置かれてきた境遇を知ることが可能となった。しかし、日本の敗戦と「解放」は在日朝鮮人にとって失職を意味し、恒常的な食糧難と貧困をもたらした。日本の民衆だれもがヤミに関わって生きるなか朝鮮人に対していっそう取り締まりが強化された。在日朝鮮人が濁酒をつくる背景には、①朝鮮人の貧窮と生計手段の少なさ、②朝鮮人にとっての酒造文化と植民地「解放」のインパクト、③検察・警察による朝鮮人の標的化、④ジェンダー要因があった。在日朝鮮人運動の男性リーダーは、「解放民族として」濁酒をやめるべきだとした。それでも女性たちは濁酒をつくり続け、生きる術とした。女性たちが濁酒闘争の先頭にたち、女性運動団体は交渉現場にともに立った。地域によって警察に謝罪を表明させたり、職場を要求し斡旋の約束を取り付けたりもした。濁酒闘争は、植民地「解放」のインパクトの中で、民族差別とジェンダー差別を生み出す旧帝国日本の権力に異議申し立てをし、生活の現実とジェンダー差を明るみにしたという意味で、「脱帝国のフェミニズム」を思考/ 志向する上での重要な参照項となりうる。