著者
李 維安
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.125-141, 1996-06-25

近年,コーポレート・ガバナンスに関する研究は,ますます国際的な課題になってきている。なかでも注目されるのは,一国のガバナンス機構についての研究を超えた比較研究である。ところが,それらの比較研究はいずれも,発達した市場経済制度を有する国について分析を行なったものであり,発展途上国や市場経済への移行を模索している国を視野に入れたものではない。コーポレート・ガバナンスに関する研究は,これらの国をも視野に入れて推し進められる必要がある。なぜなら,これらの国においては,既存の統治制度とは異なった,新たな統治制度の構築が緊要とされているからである。市場経済への移行を目指している中国では,先進市場経済国の企業統治制度を参考にしつつ,新しい企業統治制度をも導入しなければならないという課題がある。こうした課題は,中国等の個々の国の企業統治制度自体の研究にとってのみならず,市場経済先進国との比較企業統治制度の研究にとってもまた興味深い課題である。先進国における企業統治(コーポレート・ガバナンス)がいわば制度の調整の問題であるのに対して,中国のコーポレート・ガバナンスは制度の交替の問題であり,いわば計画経済の企業統治制度から市場経済の企業統治制度への「転形」の問題である。この転形は,計画経済の導入と異なり,政治的決断ではなく,旧計画経済の企業統治制度の「下部構造」の長年にわたる進化のプロセスに「上部構造」が漸く追い付いた結果であると考えられる。従って,こうした制度的進化の視点からみれば,市場経済への移行における企業統治制度の転形を解明するためには,まず計画経済の企業統治制度の進化プロセスを把握しておく必要がある。そこで,本稿では,これまでの研究成果を吸収した上で,比較企業統治制度論の視点から,中国における計画経済の企業統治制度を中心として分析を行ない,その「行政化」等の問題点を明らかにすると共に,今後の改革方向について若干の展望を試みていくこととしたい。