著者
村井 綾
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.6, pp.949-952, 2022-06-20 (Released:2022-07-02)
参考文献数
10

嗅細胞はターンオーバーする特異な細胞であり, 損傷があっても回復可能な細胞である. よって嗅覚障害を生じても, 自然軽快する症例や嗅覚障害の原因治療により軽快する症例がある. 鼻腔から入る嗅素は嗅上皮にある嗅細胞の嗅覚受容体に結合する. 同じ嗅覚受容体を発現する嗅細胞の軸索は束になり, 一次中枢である嗅球に嗅覚情報を伝える. 嗅球で2次ニューロンに乗り換えて, 嗅皮質や海馬, 眼窩前頭皮質などの嗅覚中枢に伝達される. 感覚神経の情報伝達には神経細胞の存在だけでなく, 正しい神経回路の形成が必要である. 胎生期には嗅球上に軸索ガイダンス因子が発現し, 嗅球マップと呼ばれる神経回路が形成され, 生涯維持される. しかし, 一度に多量の嗅細胞が障害されると, 再生した嗅細胞は嗅球上の正しい神経回路が形成できなくなることがある. 嗅細胞の減少や神経回路の形成異常により嗅覚情報が正しく伝達されず嗅覚障害が難治化, もしくは質的変化を来すと考えられる. 現在, 嗅覚障害の治療には嗅細胞再生を促進する当帰芍薬散やステロイドなどの抗炎症薬投与などが行われているが, 満足いく嗅覚レベルに達しない症例も存在する. ドイツで始まった嗅覚刺激療法は嗅上皮で NGF や BDNF などの神経栄養因子や成長因子が増えるという報告があり, 臨床だけでなく基礎的研究も盛んに行われている. 嗅覚障害モデルマウスを用いて嗅細胞の重度の障害によって破綻した嗅球マップの回復に寄与する因子を検討している. 軸索切断後の軸索損傷が遅れる遺伝子変異マウスを用いた実験や臨床的に効果的な嗅覚刺激療法の嗅細胞への効果を検討する実験を行った. Wallerian 変性の遅れは軸索切断後の嗅覚地図の保存に寄与しなかった. 嗅覚刺激療法は嗅細胞の回復を促進した. 嗅覚再生の研究は嗅覚障害に対してだけでなく, 感覚神経細胞そのものの再生過程や複雑な神経回路の形成の解明につながる重要性を持つといえる.