著者
宮之原 郁代
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.1, pp.30-35, 2020-01-20 (Released:2020-02-05)
参考文献数
27
被引用文献数
1 1

アレルギー性鼻炎は, 鼻腔への抗原暴露と炎症性メディエーターの放出によって引き起こされるアレルギー性炎症である. このようなアレルギー性炎症に対して, 強力な抗炎症作用を持つ局所剤である鼻噴霧用ステロイド薬は, 理想的な製剤といえる. 2008年以降に1日1回投与の鼻噴霧用ステロイド薬が登場し, アレルギー性鼻炎治療における強力なツールになった. 鼻噴霧用ステロイド薬は, 現在のアレルギー性鼻炎治療薬の中では最も効果の強い薬剤であり, 多くの国際的なガイドラインで, 鼻噴霧用ステロイド薬の単独投与をまず選択すべき治療 (ファーストライン) として位置づけている. 一方, 本邦には鼻アレルギー診療ガイドラインがあり, その2016年版から, 軽症患者にも選択でき, さらに花粉症の初期療法薬としての位置づけが示されるようになった. 2015年米国オバマ大統領によって Precision Medicine Initiative が発表され, precision medicine の概念が注目されるようになった. precision medicine は, 当初がん治療の分野に導入され, その後さまざまな領域へ広がりを見せ, アレルギー性鼻炎においては, 2017年にその実施に向けての提案が示された. その中で鼻噴霧用ステロイド薬は第1段階から考慮する治療薬と位置づけられている. 一方, 最近でも, 鼻噴霧用ステロイド薬は, 抗ヒスタミン薬のおよそ4分の1の患者に処方されているに過ぎず, また, 点鼻薬は, 内服薬に比較しアドヒアランスが不良であることが知られている. この薬剤導入やアドヒアランスの障壁の要因のひとつとして, 鼻噴霧用ステロイド薬のにおいや味, 液だれなど感覚的な特性に嗜好性があることが関連している.
著者
青木 光広
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.119, no.9, pp.1194-1200, 2016-09-20 (Released:2016-10-07)
参考文献数
29
被引用文献数
1 1

急性めまいに対するプライマリーケアとして大切なことは患者の訴える症状の鎮静化とともに, 危険な原因が潜んでいないかを鑑別することである. そのためには専門的な知識に基づく理論的な診療が鍵となる. まず, 症状が強い場合は補液, 制吐剤, 抗不安薬で症状の鎮静化を行う. 急性めまい例では詳細な病歴を聴取することは困難なことが多いが, 少なくとも心血管疾患や中枢疾患の既往は聴取する. 名前を言ってもらうことに加えて, パ行 (口唇音), ガ行 (口蓋音), タ行 (舌音) の発音による構音障害やバレー徴候による上肢麻痺の有無をみる. 聴覚の左右差, 顔面温痛覚の左右差, ホルネル徴候, カーテン徴候の有無など平易な診察で脳幹障害のスクリーニングが可能である. 麻痺がなければ, 鼻指鼻試験や回内回外試験で小脳上部障害を観察する. 起立可能な場合, Lateropulsion は脳幹・小脳障害を示唆する所見となる. 開眼が可能なら, 注視眼振検査, 異常眼球運動, 自発眼振の有無を検査する. 垂直方向への注視障害や眼振は高位中枢障害を疑う所見となる. また, 最も発症頻度が高いとされる良性発作性頭位めまい症 (Benign Paroxysmal Positional Vertigo: BPPV) の鑑別診断として, Dix-Hallpike 法は必須である. 検査陽性時の診断率が高いことから, BPPV を疑う病歴がなくても可能な範囲で行うべきである. しかし, ルーチンに診察しても, 前下小脳動脈領域の限定的な梗塞のように末梢性めまいとの鑑別が極めて難しい場合もある. そのため, 中枢性が完全に否定できない場合は脳幹・小脳症状の発現がないか経過観察していくことが重要である. 急性めまいに対するプライマリーケアとして, ルーチンワークを確実に行うことで危険なめまいをスクリーニングすることは可能である. また, 中枢性を疑う所見を認めた場合は必要に応じて速やかに他科あるいは他病院へ紹介できる対応が必要である.
著者
中山 健夫
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.113, no.3, pp.93-100, 2010 (Released:2011-02-19)
参考文献数
45

根拠に基づく医療 (EBM) は, 臨床的エビデンスと, 医療者の専門性と, 患者の価値観の統合により, より良い医療の提供を目指すものである. 「エビデンスをつくる」臨床研究は, 想定されるクエスチョンよって, 適切な疫学的研究デザインは異なる. 「ランダム化比較試験によるエビデンスが無ければEBMは実践できない」「ランダム化比較試験を行わないと臨床研究として認められない」という考えは誤解であり, それぞれの目的に沿った臨床研究の手法を採ること, 「現時点で利用可能な最良のエビデンス」を意思決定に慎重に用いることがEBMの基本である. 診療ガイドラインは, 「特定の臨床状況のもとで, 臨床家と患者の意思決定を支援する目的で, 系統的に作成された文書」と定義される. 診療ガイドラインは, エビデンスを現場に伝える役割を担い, エビデンス・診療ギャップの改善に役立つとともに, 患者と医療者のshared decision makingを進める基点となることが期待される.
著者
前田 陽平 端山 昌樹 猪原 秀典
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.124, no.6, pp.840-848, 2021-06-20 (Released:2021-07-01)
参考文献数
17

眼窩病変に対する手術は境界領域であり, 眼科 (眼形成外科), 耳鼻咽喉科, 脳神経外科, 形成外科などがかかわる. アプローチもさまざまなものがあるが, 内視鏡は外切開が不要, 内側・後方の操作に強いなどの強みがある. 適応疾患も数多い. それぞれについて概説する. 眼窩病変は非典型的なケースも多く, それぞれの疾患においても個々の症例に対応することが求められる. 手術テクニックもさることながら, まずは手術適応, アプローチについて広く原則を知っておくことで個々の症例にも対応できるようになる.
著者
湯田 厚司
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.7, pp.1071-1077, 2022-07-20 (Released:2022-08-11)
参考文献数
18
被引用文献数
1

舌下免疫療法 (SLIT) は発売から7年が経過し SLIT 治療数は増加している. SLIT の小児適用は日本のみで, ダニ SLIT が世界で初めて認可された治療先進国である. 小児 SLIT は, 成人と同スケジュールで行い, 効果も安全性も成人と差がない. スギ SLIT は現在シダキュアとなり, 抗原量増加で副反応が若干増えたが, 効果も増強したと考える. 重篤な副反応はまれで, 著者の1,800例の自験例の中で, 夜間の緊急連絡例は患児の弟が誤薬した1回のみであった. 事後報告として喘息既往歴のある低年齢児が疲れた状態での服用により喘息発作を誘発した例がある. スギ花粉とダニの併用 SLIT (Dual SLIT) の報告は世界でこれまでなかったが, 筆者の自験例53例と多施設共同前向き109例の検討で安全な併用が確かめられ, 当院では200例を超える Dual SLIT を行っている. スギ花粉 SLIT でアレルゲン感作数と効果を検討し, 単独感作と多重感作例で効果に差がなかった. 自験例でスギ花粉 SLIT 終了後の10年間に効果持続した例があり, 長期成績への大規模調査が期待される. SLIT 課題もまだあり, 当院では全国医療機関と共同研究を行い, ヒノキ花粉 SLIT 実現への AMED 研究も始まった.
著者
岡本 康秀 小渕 千絵 中市 健志 森本 隆司 神崎 晶 小川 郁
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.7, pp.1092-1103, 2022-07-20 (Released:2022-08-11)
参考文献数
36
被引用文献数
2

日常生活において, 複数人数での会話, 周囲に雑音がある中での会話, 電話での会話などで聞き取りが困難である場合, 難聴の自覚をもって耳鼻咽喉科を受診する. しかし聴覚検査で正常と診断される例では, 本人の聞こえの感じ方と検査結果に解離が見られ, 特にこのような聞こえの困難を自覚する例では聴覚情報処理障害が疑われる. しかし明確な診断基準がないためその診断には苦慮する. 今回そのような聞き取り困難例に対して聴覚心理・認知的検査の側面と背景要因の側面から検討を行った. 多くの聴覚心理検査がある中で今回, 両耳分離聴検査, 早口音声聴取検査, 方向感機能検査, 雑音下音声聴取検査である HINT-J が聞き取り困難の訴えを捉える有効な検査であることが分かった. 特に方向感機能検査や HINT-J は簡便な検査でありながらカクテルパーティー効果等実際の聞き取り困難さを評価できた. 一方,認知的側面では聴覚的注意検査や聴覚的記銘検査によって,注意機能やワーキングメモリが聞き取りに極めて密接に関係することが分かった. また, 背景要因としての ASD や ADHD 傾向のチェックも重要で, 潜在的なグレーゾーンを含めて聴覚に影響のあることを認識し, ほかの業種と連携しサポートも検討していく必要がある.
著者
森 浩一
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.9, pp.1153-1160, 2020-09-20 (Released:2020-10-01)
参考文献数
39

吃音は, 呼吸と発声・構音器官に器質的な障害や可動制限が原則としてなく, 吃音中核症状 (繰り返し, 引き伸ばし, 阻止・ブロック) を生じる発話障害である. ほとんどは幼小児期に発症する発達性吃音である. 獲得性吃音としては成人後の心因性が多いが, まれに脳損傷 (神経原性) と薬剤性もある. 診断基準は, 吃音検査で中核症状が100文節あたり合計3以上あることである. しかし, 自分の名前のみ吃る症例等も見られ, 頻度は絶対基準ではない. 発話に際しての渋面や手足を動かすなどの随伴症状は, 吃音にかなり特異的である. 鑑別疾患として, 言語発達遅滞・異常, 構音障害, 発声障害, チック, 場面緘黙, 脳損傷等がある. 早口言語症 (クラタリング) は, 鑑別も必要であるが, 吃音との併発もある. 発達性吃音は3歳前後に好発し, 幼児の1割程度に発症する. 発症要因の7割以上が遺伝性であり, 育て方が原因という「診断原因説」は否定されている. 発吃から2~3年程度までの経過で7割以上が自然治癒する. したがって, 幼児期には楽に話せる環境を整えながら経過を追い, 発話に苦悶・努力や悪化傾向があるか, 就学1年前頃になっても改善傾向がない場合に言語治療を開始する. 幼児期の言語訓練は有効率が比較的高い. 8歳頃以降は自然治癒が少なくなる一方, 独り言ではほぼ吃らなくなり, 状況依存性が強くなる. 学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するので, 対策が重要であり, 診断書等で対応する. 学齢後期以降には, 吃音を隠そうとして多彩な, しばしば不適切な対処行動を発達させ, 思春期以降は社交不安障害やうつ等の精神科的問題も併発しやすい. 言語訓練は単独では長期的な有効率が低く, 心理面・社会面のサポートも必要である. 就学・就労支援として, 診断書によって差別解消法に基づく合理的配慮を求めることができる. 発達性吃音であれば発達障害者支援法に基づき, 精神障害者保健福祉手帳の取得が可能である.
著者
谷内 一彦
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.3, pp.196-204, 2019-03-20 (Released:2020-04-08)
参考文献数
24
被引用文献数
2 3

アトピー性皮膚炎, 花粉症, 食物アレルギー, 蕁麻疹などアレルギー疾患は多くの国民が罹患している. 抗ヒスタミン薬は即効性があるのが利点であり, アレルギー治療における中心的薬物である. 開発初期の第一世代抗ヒスタミン薬はアレルギー疾患に対する効果が認められる一方で, 強い鎮静作用 (眠気, 疲労感, 認知機能障害), 口渇, 頻脈といった抗コリン性作用, そして心毒性などの副作用が問題視されていた. 現在, 花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー性疾患症状の緩和に非鎮静性抗ヒスタミン薬が First-line treatment であり, 非鎮静性抗ヒスタミン薬のアレルギー疾患への長期投与の治療効果は高い. 日本では過去に鎮静性抗ヒスタミン薬が格段に多く使用されていたが, 古典的抗ヒスタミン薬の使用はアレルギー性疾患には世界中のガイドラインでほとんど推奨されていない. 鎮静性抗ヒスタミン薬は制吐剤, 抗動揺病, 抗めまい薬などの使用に限定される. 脳内ヒスタミン神経系の機能に配慮し, 脳内移行のより少ない非鎮静性抗ヒスタミン薬が第一選択として求められる. その非鎮静性を判断する場合に, ヒスタミン H1 受容体占拠率を用いることを推奨している. ヒスタミン H1 受容体占拠率の最新データと薬理作用から見た理想的な抗ヒスタミン薬治療について提言する.
著者
松山 裕
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.113, no.1, pp.1-8, 2010 (Released:2011-02-19)
参考文献数
9

臨床研究を行う際には生物統計学による支援が必須となってきている. しかも, 臨床研究において生物統計家に期待される役割は単なるデータ解析者だけでなく, methodologistとしての参画が要求されている. 本稿では, 臨床研究を実施する際に生物統計学に期待される3つの側面 (研究計画・統計解析・データ管理) のうち, もっとも重要な部分である「研究計画」について概説する. 具体的には, プロトコル作成の必要性・研究の内部妥当性の確保・研究の精度の確保について述べる.
著者
草野 佑典 太田 伸男 湯田 厚司 小川 由起子 東海林 史 粟田口 敏一 鈴木 直弘 千葉 敏彦 陳 志傑 草刈 千賀志 武田 広誠 神林 潤一 志賀 伸之 大竹 祐輔 鈴木 祐輔 柴原 義博 中林 成一郎 稲村 直樹 長舩 大士 和田 弘太 欠畑 誠治 香取 幸夫 岡本 美孝
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.6, pp.469-475, 2020-06-20 (Released:2020-07-01)
参考文献数
14

スギ花粉症に対する舌下免疫療法薬が2014年に発売されてから4シーズンが経過したが, 実臨床における診療の実態は不明な点が多い. 2016年, 2017年にも同様の調査を行い報告してきたが, 今回2018年花粉飛散シーズン後に, スギ花粉症に対する舌下免疫療法を開始してから1~4シーズン経過した患者431例を対象として, 服薬状況, 自覚的治療効果, 副反応, 治療満足度, 治療に伴う負担などについて自記式質問紙を用いたアンケート調査を行った. 年齢分布は10歳代と40歳代に二峰性の分布を示した. 自覚的効果については1シーズン目と比較して2シーズン目以降で治療効果を自覚していると回答した患者割合が高い傾向にあり, 治療効果を自覚するためには少なくとも2シーズンの治療継続が望ましい可能性が示唆された. 副反応については, 1シーズン終了群では23.4%の回答で認めたが2シーズン目以降は5.6%, 5.0%, 1.2%と減少する傾向が見られ, 1シーズン継続することができればそれ以降の治療継続に大きな影響を及ぼす可能性は低いと考えられた. 4シーズン目になると積極的に治療継続を希望しない患者がおり, 今後は治療の終了時期に関する検討が望まれる.
著者
栢森 良二
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.117, no.2, pp.86-95, 2014-02-20 (Released:2014-03-20)
参考文献数
7
被引用文献数
1

顔面神経麻痺による表情筋機能不全に対して, 神経再生を促せば顔面神経麻痺は回復すると考えがちである. しかし, これは誤っている. むしろ再生を抑制することが重要である. 迷入再生を抑制して病的共同運動を予防軽減することが目標である. 表情筋の役割は, 第1に目, 口, 鼻, 耳の顔面開口部を閉鎖することであり, ヒトでは第2に感情表出である. 神経障害が起こると, 早急に回復させるべく顔面神経核の興奮性亢進が起こり, 開口部の閉鎖促進機序が作動する. 骨格筋と異なり表情筋は皮筋である. 同様に顔面神経幹には神経束構造がなく, 約4,000本の神経線維は密接している. 接触伝導や迷入再生が容易に起こり, 4つの開口部は同時に効率的に閉鎖する合目的性の解剖になっている. 感情表出の維持には,むしろ開口部同時閉鎖を抑制する必要がある. Bell麻痺などの膝神経節部での神経炎では, 脱髄であるニューラプラキシアが生じる. しかし,骨性神経管内では浮腫による絞扼障害が加わる. まず栄養血管閉鎖による求心性の遡行変性が生じる. 内膜は温存されている軸索断裂である. さらに絞扼圧迫が強いと, 遠心性ワーラー変性が生じ神経断裂が起こる. 内膜も断裂しているために, 引き続き迷入再生が生じる. 脱髄と軸索断裂線維は1mm/日スピードで再生し, 遅くとも発症3カ月で表情筋に達する. 神経断裂による再生突起の指向性は,随意運動あるいは筋短縮方向に向かう. 迷入再生回路の形成時間と拡がりは, 随意運動と筋短縮の強度に規定される. 最速1カ月で迷入再生回路が形成される. このために, 発症3カ月で顔面神経麻痺が完治しない症例では, 4カ月以降に迷入再生線維が順次表情筋に到着して病的共同運動が顕在化する. 神経断裂線維再生時に随意運動と筋短縮を抑制することによって, 迷入再生を抑制して病的共同運動を予防軽減することがリハビリテーションの原則である. 強力な随意運動を避け, 頻回のマッサージを行い, 眼瞼挙筋による眼輪筋ストレッチを行うことが基本的手技である.
著者
和田 哲郎
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.121, no.9, pp.1146-1151, 2018-09-20 (Released:2018-09-29)
参考文献数
26
被引用文献数
1

感音難聴は治療が困難なことが少なくない. 代表的な感音難聴疾患である突発性難聴についても, 現在までにエビデンスの確立した治療法は存在しない. だからこそ, 現時点で最善と考えられる治療戦略を理解し, その有効性と注意点に配慮しつつ日々の臨床を行っていくことが肝要である. 先ごろ, 平成26~28年度厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業難治性聴覚障害に関する調査研究班 (代表: 宇佐美真一) により,「急性感音難聴の診療の手引き」が作成され, 最新の知見がまとめられた. この手引きの内容を踏まえて, 感音難聴の治療について現場の医師が抱くであろうクリニカルクエスチョンへの回答を概説する. また近年, 治療が困難な感音難聴について, 予防を推進していく取り組みがいくつか始められている. 現状で最善と考えられる治療を行いつつ, 並行して予防にも取り組んでいくことが感音難聴の克服のために重要と考える.
著者
中澤 操
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.6, pp.975-985, 2022-06-20 (Released:2022-07-02)
参考文献数
84

約440万年前, ヒトの祖先は樹上と地上の両方で生活していたとみられ, このころに出現した大菱形中手関節 (鞍状関節) は母指対立を可能とし, 手で道具を使う生活が発展していった. 大脳に言語中枢のブローカ野が出現したのは約250万年前といわれる. 音声言語が使われるようになるためには喉頭下降や舌の運動性向上などの解剖学的・神経学的条件が整うことが必要で, それは約40万~約20万年前になって初めて出現した. 今世紀の脳 fMRI 研究から, 音声言語と手話言語の脳内表出中枢はほぼ同部位であることが証明されている. これらの事柄をつなぎ合わせると, われわれの祖先は先に音声言語以外の何かを言語として使っていたはずで, それは手話であったと推測される. その後喉頭下降が起きて徐々に音声言語に置き換わっていったのであろう. 20世紀末, 小児難聴に関しては診断機器や補聴器・人工内耳が大きく進歩し, 難聴児の音声言語獲得において多くの恩恵が与えられてきた. 一方, 21世紀に入り WHO の ICF (国際生活機能分類) や国連の障害者権利条約に見られるように, 音声言語も手話言語も同等に扱うこと, 難聴児や養育者に選択肢を与えられること, 療育・教育の専門家を育成することなどが社会に求められるようになった. 本稿では, 難聴児やその家庭が日本手話を第一言語 (コミュニケーション言語) として選択する場合に, どうやって日本手話から日本語の読み書きにつなげたらよいのか, 言語聴覚士や教師の人材育成をも視野に入れつつ歴史的背景を振り返りながら考察する.
著者
市村 恵一
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.116, no.10, pp.1093-1099, 2013-10-20 (Released:2013-11-26)
参考文献数
24
被引用文献数
1 2

漢方薬には効果が早く表れるものもあるが, 一般に漢方薬はマイルドに効くという概念があるせいか, すぐ効果が表れなくても患者は許してくれる. 診察の度に患者と一緒に薬の効き目をいろいろな面から検討することで, 良好なコミュニケーションがなされ, 良い医師患者関係を築くことができるのが何よりも好ましい. 感冒時の発熱を解熱させる方法には二通りある. 一つは直接解熱させるNSAIDsなどの解熱鎮痛薬を用いる方法で, もう一つはいったん体を温めて発汗させることにより体温を冷やす漢方薬の麻黄剤を用いる方法である. 両者の解熱効果を比較した研究では漢方薬の方が早く解熱し, 平均薬剤数, 平均処方日数, 総薬剤費ともに漢方薬使用の方が少なかったという報告がある. 感冒に対してはその時期, 体調によりさまざまな漢方薬が用いられる. めまいでは, 不安の強いときは苓桂朮甘湯, 頭痛や胃腸症状があるとき, 手足の冷えがあるときは半夏白朮天麻湯, 座っていても「くらっ」とするとき, 雲の上を歩いている感じ, 吸い込まれそうな感じがするときには真武湯を用いるとよい. 外耳道湿疹には消風散か治頭瘡一方を用い, アレルギー性鼻炎では小青竜湯をまず用いて, その効果をみて, 効果が不十分と感じたら, 炎症が強ければ麻黄や石膏の多い薬剤に変更し, 寒証らしい場合は附子剤の併用か, 麻黄附子細辛湯に変更する. 慢性副鼻腔炎では若年者, 成人では葛根湯加川芎辛夷が, 中高年では辛夷清肺湯が第一選択薬で, 虚証例では荊芥連翹湯が選択される. 頭頸部癌患者の免疫状態の悪化に対して十全大補湯, 補中益気湯, 人参養栄湯などが, 術後, 化学療法時の食思不振に対して六君子湯が, 化学療法による口内炎や下痢に対して半夏瀉心湯や温清飲が用いられる. 耳鳴は漢方でも最も効き目の悪い症状の一つであるが, 直接効果よりも間接効果狙いでアプローチする.