著者
村石 眞澄
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.118, pp.93-117, 2004-02-27

伊興遺跡をはじめとする足立区北部の発掘調査に携わる中で,微地形分類をおこなった。微地形分類は空中写真を判読し,比高差・地表の含水状態・土地利用を基準として分類を行い,発掘調査での土層堆積の観察所見や旧版の地形図を参照した。こうした微地形分類により,埋没していた古地形を明らかにすることができた。そこでこの埋没古地形の変遷を明らかにするため,花粉化石や珪藻化石などの自然科学分析から植生や堆積環境の検討を行った。そして自然環境を踏まえた上で,発掘調査によって発見された遺構や遺物,中世や近世の文献資料などを総合的に概観し,次のように伊興遺跡を中心とする毛長川周辺の自然環境と人間活動の変遷過程を次の五つの段階に捉え,それぞれの景観印象図を作成した。1 縄文海進のピーク時にはこの地域では大半の土地が海中に没したが,その後徐々に干潟ができ陸化が進んだ時期[縄文時代後期~晩期前半]。一時的な利用で土器を残した。2 毛長川が古利根川・古荒川の本流となり,大きな河道や微高地が形成された時期[縄文時代晩期後半~弥生時代]。人間活動の痕跡は希薄である。3 古利根川・古荒川が東遷し,毛長川は大河でなくなった時期[弥生時代終末期~古墳時代]。本格的に居住が行われるようになる。伊興遺跡は特異な祭祀遺跡として大いに発展する。4 毛長川の旧河道の埋積が進んだ時期[奈良時代~平安時代初期]。伊興遺跡では祭祀場もしくは官衙関連施設は存在するが,遺構・遺物の規模が減少傾向を示す。5 毛長川の旧河道の埋積が進んだ時期[中世]。伊興遺跡ではさらに遺構・遺物は減少し,遺跡の中心が毛長川沿いから離れ水上交通の拠点としての役割を終える。