著者
東郷 直子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.190, 2011 (Released:2011-05-24)

犯罪の発生を地理的にとらえる試みは,19世紀の地図学派や1920年代のシカゴ学派による研究以来,社会学や環境犯罪学の分野を中心に行われてきた.地理学においても近年,警察機関などからの情報公開が進んだことを受けて,GISを用いた犯罪情勢の視覚化・分析・モデル予測が盛んである.しかしながら,田中(1984, 1988)のように犯罪の発生を一種の都市病理現象とみなし,犯罪被害者と犯罪発生場所の関連性について社会地理学的な観点から分析・考察したものはまだ少ない. そこで本研究では,地理学的な分析に適しているであろう街頭犯罪のうち比較的標本数の多いひったくり犯罪に着目し,その空間パターンから都市内部の犯罪発生につながる諸関係を明らかにすることを試みた. 研究対象地は大阪市全域とした.分析資料は「大阪府警察犯罪発生マップ」1)および同府警が実施している「安まちメールサービス」を用いた.研究対象期間は2009年(n=1,386)および2010年2月19日~同年12月31日(n=860)である.ひったくり被害者の年齢・性別,発生時刻,被害者・加害者の交通モードをクロス集計し,発生地点のポイントデータからカーネル密度推定により作成したひったくり密度分布図や空間スキャン統計で検出した犯罪ホットスポットなどと比較しながら,被害者属性と発生場所の地域特性について考察する.さらに,ひったくりと短時間の人口移動との関連性をみるために,パーソントリップデータを用いた分析を行った. 調査期間内に観察されたひったくり被害者数のうち約9割が女性である.これらの女性被害者を年代別・24時間帯別にみると,一般的なオフィス職の始業・就業時刻と前後する7時台と19時台を境に,中心となる被害者の年齢層が20歳代から60歳代・70歳代にシフトしている(図1).彼女たちがひったくりに遭った場所については,それぞれ市中心部の商業地域,および市東部から南東部にかけての住宅地域に明瞭な高密度ゾーンがみられ,これは23時台の非居住滞留人口密度および16時台の居住滞留人口密度のパターンによく対応する.原田ほか(2001:42)が東京23区の事例で指摘したように,大阪市でも繁華街の深夜営業の飲食店などで働く女性(おそらく若年層が中心)が帰宅中に被害に遭いやすく,一方で無職女性(高年層の多くが含まれる)の被害は自宅から近い日常行動圏内で起こる傾向がある.歩行者・居住者の属性や時間帯によって被害に遭う場所の潜在性が異なることは,都市内部での多様な防犯対策の必要性を意味している. さらに今回の発表では,都市病理現象としての大阪市のひったくり発生分布の差異について明らかにするために,空間スキャン統計量によって犯罪集積のクラスターを検出し,各々について高齢者率・人口密度・エスニシティといった地域特性指標との相関分析を行う. 注 1) http://www.map.police.pref.osaka.jp/Public/index.html(最終閲覧日:2011年1月18日) 文献 田中和子 1984.大阪市の犯罪発生パターン―都市構造と関連づけて―.人文地理 36(2):1-14. 田中和子 1988.被保護層居住パターンからみた大阪市の都市構造.福井大学教育学部紀要III(社会科学) 38:1-19. 原田豊・鈴木護・島田貴仁 2001.東京23区におけるひったくりの密度分布の推移:カーネル密度推定による分析.科学警察研究所報告防犯少年編 41(1・2):39-51.