著者
松崎 毅
出版者
お茶の水女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

本研究によって得られた知見は以下の通りである。1.ブロードサイド等の安価な出版物として大衆向けに書かれた歌、俗謡、連祷、哀歌等のジャンルにおいては、隠蔽の意図そのものが希薄であるのに対し、読者層が階級的に限定される牧歌、恋愛詩、瞑想詩、宗教詩等のジャンルについては、偽装および隠蔽的含意の生成の両面において、ジャンルの果たした役割が大きかった。2.恋愛詩、瞑想詩等のジャンルが主に偽装として機能するのに対し、牧歌はジャンル自体のコードを通じてより能動的に意味の生成に関わっていた。また、読者はそのコードについての理解を共有することにより、王党派としての階級的文化的な結束を強めたと考えられる。3.王党派文学の隠蔽性は、実体論的権威を神秘化し、かつその神秘化された知の占有を誇示することにより、内乱による敗北後も王と王政主義者達がその権威を維持し続けるための重要な機能を果たしたと考えられる。4.恋愛詩、瞑想詩、宗教等のジャンルにおける偽装の機能について、いくつかの具体例を明らかにした。特に、いわゆるキャバリエ詩人から宗教詩人へと「転向」したヘンリー・ヴォーンの宗教詩に、ピューリタン批判の極めて辛辣な政治的言説が隠蔽されており、それが「私的な祈り」としての宗教詩が前提とする「語り手=詩人」という解釈の枠組みを逆手に取った極めてジャンル・カンシャスな企てであったことを明らかにした。5.ジャンル理論に関する最新の知見、個々のジャンルの歴史的成り立ちやそこに含まれる従属的な諸コードに関する知見、また同時期の散文ジャンルについての知見を得ることができた。今後は個々のジャンルの問題に加え、理論面での研究をより強化したいと考えている。