著者
松木 民雄
出版者
北海道東海大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990

春秋時代の城郭国家では、社会分業は士・農・工・商の摩四民によって構成されるのが一般であった。その中の商業について『春秋左氏伝』を中心として考察を進めた。商に関する用例を分析するにあたっては、商と同様に商業関係の概念を有する賈についても並行して対照的に検討を加え、その用法を明らかにした。『左伝』において商と賈の用例を分析すると、国名・地名・氏・名の用例のほか、商業関係を示す事例が多見され、これを比較した場合、幾つかの特徴が見られる。即ち、商業人や商業身分を示すには商が多用され、僅かではあるが、春秋後期には賈も同意義で互用されることがある。他方、売買行為や価格を示するには専ら賈が使われ、殊に商には売買に関する動詞的用法は見られない。このことは、商と賈は本来的には異なる意味を有していたものであるが、『左伝』では商業人と商業者身分を示す点に於ては次第に融合しあい、互用されるようになる状況を示している。従って春秋中期にあたる宣公十二年に「商農工賈」とあるのは、商と賈が異なる性格を有していた段階の相違点が意識されて記載されてものであり、商は有力な商業者層を含む商業身分を示し、賈は販売を扱う広義の一般商人であって、前者の商は賈と比べて相対的に大商人を含んでいたと察せられる。のち次第に商と賈は接近し、『左伝』に散見する互用事例しとなり、戦国秦漢以降は、商賈が一体化して熟語となって、商人一般の総称としての用法が現われるようになる。『左伝』では、商と賈の別義から、やがて互用され、後には一語(商賈)になるまでの過渡的状況が示されていることが判明された。当該年度の作成にかかる小論「左伝における商と賈」の概要は上記の如きであります。