著者
松本 佐保姫
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2010

肥満における脂肪組織の炎症が脂肪組織機能異常を引き起こし、ひいてはメタボリックシンドロームの発症基盤になっていると考えられるが、それらのメカニズムにはまだ多く不明な点が残されている。一方で、肥満、すなわち脂肪組織の増大は、脂肪細胞の肥大化(hypertrophy)と、脂肪細胞数の増加(hyperplasia)の2つがリンクして起きる現象である。脂肪細胞数の増加は脂肪幹細胞が増殖分化することによって新たな脂肪細胞が作られる現象と考えられる。肥大化した脂肪組織から様々な炎症性サイトカインが分泌され、全身性の炎症が惹起される可能性が示唆されているが、肥満症において、脂肪細胞肥大と脂肪細胞の増殖分化がどのように関わり合い、脂肪組織炎症、ひいては機能異常を来しているのかに関しては、まったく知見が得られていない。今までの検討により、DNA修復タンパクRad51は脂肪細胞分化と協調する細胞分裂(mitotic clonal expansion)を正に制御して脂肪細胞の増殖・分化を促進する。脂肪組織において、Rad51は脂肪幹細胞で強く発現し、Rad51^<+/->マウスの脂肪組織をフローサイトメトリーで解析すると、野生型に比べて脂肪幹細胞の数が少なく、増殖・分化能も低下していた。さらに、Rad51^<+/->マウスに高脂肪食を負荷すると、野生型と同様に脂肪細胞の肥大は惹起されるが、脂肪細胞新生が著明に抑制されていた。加えて、Rad51^<+/->マウスでは肥満した脂肪組織へのマクロファージ浸潤が著しく抑制され、炎症性サイトカインの発現も低下していた。これらの結果から、脂肪幹細胞の増殖と分化が、脂肪組織炎症の惹起に必須である可能性が示された。さらなる詳細な検討により、脂肪幹細胞は高脂肪食負荷などの肥満刺激が加わって急速に増殖分化すると、炎症性サイトカインを強く発現する細胞へと変異していく可能性が示唆された。即ち、我々の今までの研究により、脂肪幹細胞増殖分化が、脂肪組織の炎症を惹起しているというまったく新しいメカニズムの存在が明らかとなった。