著者
松田 英希 榎 真奈美 伊藤 絵里子 藤澤 美由紀 山中 崇
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.B0464-B0464, 2004

【はじめに】身体機能的には可能であったにも関わらず、器質性人格障害のためにADL自立が困難であったクモ膜下出血の症例を経験したので報告する。<BR>【症例】33歳男性。身長172cm、体重65.3kg。病前の性格は温厚。平成14年8月9日、クモ膜下出血発症。同日、緊急開頭血腫除去術・脳動脈クリッピング術・外減圧術施行。平成15年3月18日、リハビリテーション目的にて当院リハビリテーション科へ転院となった。転院時所見としてCTにて前頭葉の広汎な病変を認め、右片麻痺・人格感情障害・知的低下・注意障害・記憶障害・失語症・右半側空間無視・Alien Hand(右手)が見られた。Brunnstrom Recovery Stageは右上肢V・右手指V・右下肢IV。起居動作は軽度~中等度介助、歩行は中等度介助で、周囲の状況や身体の状態に関係なく動作を行い、転倒・転落の危険を伴った。<BR>【経過】平成15年3月19日、当院PT・OT・ST開始。車椅子にてリハビリテーションセンターに来室。ROM ex.や坐位・立位でのBalance ex.などのアプローチは協力を得られず、暴力的になったり寝てしまったりした。そのため、臥位から起き上がって歩くという一連のプロセスを、誘導しながら介助して患者のペースで行う方法が中心となった。介助に対して暴力的になり歩行中でも振り払おうとしたため、衣服の皺を伸ばすように見せるなど、患者の注意を変換することで興奮の抑制を図った。排泄・入浴場面では、激しく興奮し状況判断せず行動するため2~3人の介助が必要で、OTの介入も困難であった。同年4月中旬には、右下肢の支持性や歩行バランスの向上により屋内歩行が軽度介助レベルとなり、屋外での不整地・段差・スロープ歩行が可能となった。同年6月12日には屋内歩行が遠位監視となったが、介助に対する暴力的な行動は変わらなかった。本症例は、家族の在宅困難との判断により、平成15年7月25日転院となった。<BR>【考察】本症例は運動機能としての起居移乗動作や歩行は自立したが、ADL自立には至らなかった。屋内外ともに移動手段として歩行を確立できたのは、患者が介助を意識しないようにアプローチしたり、リスクを伴うと考えられる歩行条件でも、あえて患者の選択を尊重し、PT中の情動爆発を可能な限り抑制したことが功を奏したと考えられる。しかし全般的な脱抑制により動作のほとんどが無目的で、特に排泄・入浴動作の指導・介入に対しては激しい情動爆発が見られるなど、状況に応じた適切かつ安全な行動が困難であった。本症例の経験より、精神科領域の知識や症状のとらえ方は、我々PTの臨床場面にも求められると思われた。