著者
松里 壽彦
出版者
水産総合研究センター
雑誌
水産技術 (ISSN:18832253)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.5-11, 2008-09

現存する多くの産業も同様であろうが、水産業は複雑な技術の塊である。現在の水産業で用いられている技術のなかには、科学的には説明されていない古来からの伝承的技術から現代科学の最先端の技術までを含むことから、水産業の技術を一言で説明することは困難である。考え方によっては、現在用いられている我が国の水産業の技術は、農業と同様、知的財産化されていない宝の山とも、多くの先人達の工夫と知恵の集合体とも思える。特に他産業技術と比べ、機械、器具等のハード技術より、永い歴史とともに蓄積された機械、器具を使いこなす技術、いわゆるソフト技術の比重が大きいことが特徴である。多少乱暴な言い方をするなら、水産業は人間の食料供給に係わる産業であるため、業としての成立はともかく、基本的な技術の発祥は、人類の発祥とともに始まったと考えられる。少なくとも、今から五千年以上前の古代エジプトにおいて川漁で今日用いられている道具の多くが壁画現物(網地・鈎針等)として残っており、さらには船上での干物加工(背、腹両開き)や蓄養と思われる図まで発見されている。我が国においても、全国各地で発見されている貝塚は、現在も行われている「煮貝」技術の証拠でもあろうし、貝塚から発見される数十種にのぼる魚骨は、それぞれの魚種に対応した漁獲技術があったからに他ならない。この永い歴史を持つが故の、近代科学成立以前からのハード、ソフト技術の塊である水産業の技術を考えるためには、多少考え方を整理することが必要であろう。