- 著者
-
板倉 悠里子
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2010年度日本地理学会秋季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.96, 2010 (Released:2010-11-22)
I はじめに
文学作品を扱った地理学的研究は,作品のジャンルや分析の視点において多岐に渡っている.その中で,複数の作家の作品群を使用した場所のイメージ研究では,文学作品の記述のみを分析の対象としたものが多く,作品に多大な影響を与えると想定される作家の経験はほとんど対象とされてこなかった.また,作家の経験を元にしたイメージの研究では,特定の作家のみが扱われ,複数の作家において,場所の経験の違いによるイメージの差違は明らかにされてこなかった.
そこで本研究では京都を舞台とした文学作品を事例に,作品を書いた作家の場所の経験,特に京都での居住経験により,文学作品に出現する場所の分布や出現数,出現した場所の傾向,その場所に対して付与されたイメージに差異があるのかを明らかにする.また,作品全体において京都のどのような部分が認識されているのかを明らかにし,作品の舞台としての「京都」の特性を考察する.
II 研究方法
研究対象地域は京都府京都市とし,研究の対象となる作品は,京都を舞台にした文学作品を紹介している書籍から,主に近現代(明治~昭和)の文学作品を抽出し決定した.それらの作品中に現れた場所とそのイメージを表す語の抽出を行い,場所の出現数や分布状況から,出現した場所の傾向,イメージを表す語の構成に関して特徴を分析した.その際,分析の視点として作家の京都での居住経験を主な視点とし,作家を類型I:京都で生まれ育つ,類型II:京都に一時的に住む,類型III:京都に住んだことはない,という3類型に分け分析を行った.また,作品を総合して京都のどのような部分が作品中に現れたのか,その分布の特徴や出現した場所の傾向から作品の舞台としての京都の特性を考察した.
III 結果・考察
場所の出現数に関しては作家類型による差違が見られなかった.場所の分布状況に関しては作者の場所の経験による特徴も見られるが,同時に作品の内容に依るところも大きく,居住経験による明確な差違はないと考えられる.場所の表記の仕方や出現した場所に関して,類型Iの作家は通り名での表記が多く,観光地ではない場所を出現させる傾向がある.対して類型IIIの作家は地点名での表記が多く,観光地を多く出現させる傾向がある.類型IIの作家は類型Iと類型IIIの中間的な特徴を有している.
場所のイメージに関しては,類型Iでは場所のイメージが地物で構成されていることが多く,その場所がどのような雰囲気か,その場所をどのように感じたかということがあまり含まれない.それに比べ,類型IIIではその場所の雰囲気や,場所に対して感じたことでイメージが構成されている.類型IIではイメージを構成するものとして比較的地物が多いが,その場所の雰囲気や感想も含まれており,類型IとIIIの中間的な存在であると言える.
以上のことから,場所の認識やイメージには,京都に対して「内部者」であるか「外部者」であるか,つまり京都をどのように経験しているかという違いが大きく影響していると考えられる.類型Iの作家は京都で生まれ育った「内部者」であり,彼らにとって周りにある風景は当然の物であるため,場所への意識は希薄となる.そのため,場所のイメージはその場所を認識するためのもの,すなわちその場所を構成する要素が主となる.一方で類型IIIの作家は京都に居住したことがない「外部者」であり,場所に対する意識は高い.そのため,場所のイメージは自身がその場所で実際に経験した感情が主となる.類型IIの作家は両者の中間的な存在であると言えるが,類型内で居住経験の仕方によって「内部者」よりの視点と「外部者」よりの視点に別れる.
また,作品全体において,京都として意識されている場所は京都駅よりも北側,特に四条河原町を中心とした繁華街の地域や,嵐山に代表される観光地,寺社仏閣,そして山や川が多い.ここから,文学作品で表された京都の特性には、以下の3つがあげられる.(1)生活の場としてではなく観光や遊びのための場,すなわち「娯楽の場」としての特性.(2)「寺社仏閣の街」という特性.(3)「盆地地形」「河川」という地形的・自然的な特性.これらの特性は,京都に対して人々が持つイメージの形成にも大きく関わっていると考えられる.