著者
林 良育
出版者
社会経済史学会
雑誌
社会経済史学 (ISSN:00380113)
巻号頁・発行日
vol.80, no.4, pp.527-546, 2015

『斉民要術』に見える北土高原以外での水稲作については,「歳易」という用語の解釈から,一年休閑農法と田畑輪換の両説が提出されているが,漢〜魏晋南北朝期の技術水準論・生産力論という観点に引きつけた解釈がなされてきた感があり,水田の立地,「歳易」を要する理由などを含めて,なお多分に議論の余地を残しているように思われる。そこで本稿では,水稲作に関する農学系の研究なども参照しつつ,あらためて史料の精密な解釈を行い,「歳易」という用語を中心とする水稲作の実像に迫ることを試みた。そして考察の結果として,(1)『斉民要術』に見える「歳易」をともなう水稲作の主たる対象地域は,山東省の泗水水系流域周辺であり,(2)水源を含めた河川上流域周辺の高燥地乃至高田で行われており,(3)「歳易」には田畑輪換の可能性があり,(4)「歳易」が行われた理由としては,農業用水の使用量調整(節水)・旱害対策,周辺農地への湿害の防止及び農地の利用効率の向上などが考えられ,(5)この水稲作が山東省の気候条件に対応して行われた局地的な性格のものであったことなどが明らかになった。