著者
栗原 武美子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.52-69, 1993-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
58
被引用文献数
2 1

この論文は,カナダにおける総合商社(ここでは,戦後の日本貿易ならびに海外直接投資の主たる担い手たる九大総合商社をさす)の直接投資の基本的特徴と,その経済活動の立地を明らかにすることを目的としている。 カナダにおける日本の直接投資は,これまで相対的には決して大きくなかった。しかし,近年の投資額の増加は,カナダにおける日本の直接投資の影響力をますます高めっっある。この直接投資の重要な担い手の一っである総合商社に関しては,確かに1980年代に入って,日本の対加直接投資総額に占める割合において,相対的にその地位が低下したと言える。なぜなら,受入国の投資環境の変化と円高により,日本の製造業者や金融機関,不動産会社が巨額の投資を行なうようになったからである。にもかかわらず,日本の対加直接投資における総合商社の中心的役割は少しも低下していない。 カナダへの総合商社による投資は,主として商業,資源開発および製造業の3分野に集中している。商業投資は,自己資本100%の現地法人組織子会社や,販売会社の設立が中心である。商社が天然資源開発プロジェクトや製造業の合弁事業に参加する際,多くの場合商社の出資比率は少数であるが,商社は資源の長期購入契約を結んだり,製品の販売を一手に引き受ける。このように,総合商社の投資額は相対的に小さいが,その貿易促進力および合弁事業の組織力はきわめて大きい。このような総合商社の投資活動は,他に類を見ないものであり,その意味で日本の海外直接投資の独特の原型と考えられる。総合商社は1954年よりカナダの経済界で経済活動を行なってきた。市場の小規模性,オンタリオ・ケベック州を中心とする市場の位置,アメリカ資本への強い依存というカナダに特殊な要因が,100%子会社のカナダ現地法人の経済活動に影響し,このためカナダ会社は,しばしば同じ親会社によるアメリカ現地法人よりも下位に位置づけられている。商社は主要4都市に事務所を開設しているが,その立地選好は様々な要因の複合である。近年では,トロントがカナダの都市階層や経済活動の首位を占めていることに対応して,トロントへの本社の移転がなされている。また,米加企業が一般に選好するモントリオールよりも,日加貿易の窓口であるヴァンクーヴァーを選好するのが,日本の商社の特徴である。
著者
栗原 武美子
出版者
お茶の水地理学会
雑誌
お茶の水地理 (ISSN:02888726)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.126-126, 1993-05-15
著者
栗原 武美子
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.147-165, 1991-06-30

日加貿易をとり巻く政治的経済的環境の過去10年間における変化のうち, 最も重要な出来事は, 1984年のカナダにおける自由党から進歩保守党への政権交代, 1985年になされた5大先進工業国によるプラザ合意, さらには1988年に調印された加米自由貿易協定であった. カナダ経済は貿易・投資両面にわたって米国経済に大きく依存しており, 自由党トルドー政権時代には, 対米経済関係の比重を減らして, ECおよび日本とのあいだの貿易・投資の拡充を図ろうとする「第3の選択」政策が試みられた. その後の政権交代で誕生したマルロー二政府は, 北米大陸における単一の自由市場の形成を利用してカナダ経済の活性化を図りつつ,「ゴーイング・グローバル」で新たな展開を求めている. 日加貿易はこうした変化に対応しつつ, 過去10年間に順調に拡大してきた。但し, その内容を見ると, カナダから日本へは, 農産物や鉱物資源などの一次産品の輸出が中心であるのに対し, 日本からカナダへの輸出の8割以上は機械や部品が占めており, プラザ合意以降の円高もこの貿易構造を大きく変えるほどの効果を持ってはいない. このような貿易構造をカナダは「アンバランス」な関係と捉え, 一方日本はこれを「相互補完的」関係と捉えている. ここに今日の日加貿易の構造的特徴が現われている. そこには将来の両国間における貿易摩擦の可能性も潜在している. カナダは日本と異なり, きわめて地域分権的色彩の強い連邦国家であり, 各州ごとに特色のある経済圏を構成している. 本稿では, 主要4州を取り上げて, 地域ごとに日本との貿易の特徴を明らかにする. 大別すると資源州と工業州の二つの貿易パターンに類型化され, 前者はおおむね現在の日加貿易に満足しつつも, さらにハイテク産業等の誘致を図ることで, 資源州からの脱却を目指している. 他方, 後者は対日貿易の入超を克服するために, 日本への工業製品の輸出拡大を図ろうとしており, 連邦政府もこうした工業州の要請に応えて, 日本に対しカナダ製品の輸入拡大を働きかけているのである. 日加貿易の展開において, 重要な位置を占めてきたのが9大総合商社であるが, その役割は多岐にわたっている。商社は単なる商品売買の媒介役たるにとどまらず, 情報の収集および資金融通面で重要な役割を果たし, メイン・バンクと共に各系列グループの中核をなしており, 依然としてその独自の地位を保ち続けている. 総合商社は自社のカナダ子会社や合弁会社を通して日加貿易に大きく関与してきた. 前述の日加貿易のパターンは総合商社がその強みを発揮できるものであり, カナダの主要4都市に子会社の本店・支店を設置し, 活発な経済活動を行なってきた。総合商社の役割はカナダ政府も認めるところで, カナダ政府は4社と産業協力等の覚書を結んでいる. 商社は連邦・州政府の期待に応えると同時に自らの利益を追求するため, 金額的には僅かであるが日本へ付加価値の高い工業製品を輸出している。商社を通しての輸出のメリットとしては, 1) 世界中に張り巡らされた総合商社の市場網, 2) 系列企業を使った新市場の開拓能力, 3) 政策担当者とのコネクション, 4) 東京などの大都市における事務所の代理機能, 5) 情報・資金の提供能力が挙げられる. 逆に, デメリットとしては, 1) 商社側のカナダの中小企業に対する関心の低さ, 2) 商品に対する専門知識・人材の欠如, 3) 価格面での不利, 4) 顧客からのフィード・バックの弱さ, 5) 系列企業の製品との競合がある. カナダ企業はこれらの長短を比較秤量しつつ総合商社を利用してきた. 今後の日加貿易の推進には, 双方にとって満足のいく貿易構造が新たに構築されなければならないであろう. そしてそのためには, 政治的経済的環境そのものの更なる変化が必要とされ, 直接投資のあり方が改めて問われることになるであろう.