著者
桑原 一也
出版者
公益社団法人 日本皮膚科学会
雑誌
日本皮膚科学会雑誌 (ISSN:0021499X)
巻号頁・発行日
vol.77, no.5, pp.326, 1967 (Released:2014-08-28)

周知の如く,軟膏療法は主として基剤が皮膚表面の病巣に作用して皮疹を改善に導く場合と,軟膏に添加した薬剤が健康皮膚を浸透,病巣に到達して始めて皮疹の改善を斉らす場合とがあるが,本研究は申すまでもなく後者に関する研究である.さて,副腎皮質製剤(以下「コ」と略す)に限らず,一般に薬剤を病巣へ運搬する目的で使用する場合,従来最も大きな障壁となつていたのは,薬剤の皮膚吸収に自ずから限界のあることである.従つて,全身投与に比べると,どうしても臨床効果が劣り,殊に表皮に全く損傷のない手掌足底や,その他の部位でも角化肥厚の強い病的皮膚では期待するほどみるべき効果があがらなかつた.このため軟膏療法はせつかく全身療法とはまた異なる幾つかの優れた特徴を持ちながら,ただ表層の病巣を修復することに主点がおかれていた.ところが,最近Carb,Sultzberger & Witten,Scholz,Tyeらが軟膏貼布部位を特殊な方法で密封する,いわゆるoccu-lsive dressing technique(密封療法,以下ODTと略す)を考案してより,かかる病巣へも目的の薬剤が充分到達して臨床効果を発揮でき,しかも全身性の副作用を起さない程度の,甚だ好都合な結果を斉らすことが明らかにされた.ともかくODTは軟膏療法に一大進歩を斉らし,今や各方面に素晴らしい成果を挙げているが,このODTを契機に,最近皮膚吸収に関する研究が再び活発となつて来た.ところで,皮膚吸収の最近における最も大きな進歩といえば,なんといつても,Malkinson & Kirshenbaum,McKenzieら一連の研究であろう.従来,薬剤の皮膚吸収は専らこれが生体に浸透することのみに重点が置かれ,皮膚でそれがどのように,どの程度利用されるかどうかという点については全く考慮が払らわれていなかつた.換言すると,薬剤の皮膚吸収は,極く最近までサルチル酸(以下「サ」と略す)値や14C-labelled 「コ」軟膏の尿中排泄量の測定が優れた検査法とされ,主として,その多寡により良否が云々されていた.ところが,Malkinsonらが独特な器具gas flow cellを考案,放射性「コ」軟膏の皮膚吸収状態を,尿中排泄量を測定するかわりに,皮上に残るいわゆるresidual radioactivityから逆に皮膚吸収状態を推測したところ,ここに多量放射性物質の残る軟膏,つまり吸収の悪い軟膏ほど,臨床効果の優れていることが判り,軟膏の優劣は吸収の良否より,病巣に,活性の形でどの程度残存するかにあることが明らかにされた.また軟膏の皮膚吸収は無制限に行なわれるのでなく,病巣と皮膚表面のそれとの濃度の差,つまり濃度勾配(concentration gradient)と密接な関係のあることが併せて明らかにされた.これと前後してMcKenzieらは各種「コ」軟膏のいわゆるvasoconst-rictor activity(毛細血管収縮能)を測定,この成績を皮疹の臨床効果と比較検討して,吸収の良否と本検査成績とはむしろ負の相関関係にあり,本作用の強い「コ」製剤ほど皮膚からの吸収が遅延し,一方臨床効果はそれだけ優れていることが確認され,かくして,軟膏の皮膚吸収に関する概念はこの数年間にすつかり変貌した.
著者
桑原 一也
出版者
Japanese Dermatological Association
雑誌
日本皮膚科学会雑誌 (ISSN:0021499X)
巻号頁・発行日
vol.77, no.5, 1967

周知の如く,軟膏療法は主として基剤が皮膚表面の病巣に作用して皮疹を改善に導く場合と,軟膏に添加した薬剤が健康皮膚を浸透,病巣に到達して始めて皮疹の改善を斉らす場合とがあるが,本研究は申すまでもなく後者に関する研究である.さて,副腎皮質製剤(以下「コ」と略す)に限らず,一般に薬剤を病巣へ運搬する目的で使用する場合,従来最も大きな障壁となつていたのは,薬剤の皮膚吸収に自ずから限界のあることである.従つて,全身投与に比べると,どうしても臨床効果が劣り,殊に表皮に全く損傷のない手掌足底や,その他の部位でも角化肥厚の強い病的皮膚では期待するほどみるべき効果があがらなかつた.このため軟膏療法はせつかく全身療法とはまた異なる幾つかの優れた特徴を持ちながら,ただ表層の病巣を修復することに主点がおかれていた.ところが,最近Carb,Sultzberger & Witten,Scholz,Tyeらが軟膏貼布部位を特殊な方法で密封する,いわゆるoccu-lsive dressing technique(密封療法,以下ODTと略す)を考案してより,かかる病巣へも目的の薬剤が充分到達して臨床効果を発揮でき,しかも全身性の副作用を起さない程度の,甚だ好都合な結果を斉らすことが明らかにされた.ともかくODTは軟膏療法に一大進歩を斉らし,今や各方面に素晴らしい成果を挙げているが,このODTを契機に,最近皮膚吸収に関する研究が再び活発となつて来た.ところで,皮膚吸収の最近における最も大きな進歩といえば,なんといつても,Malkinson & Kirshenbaum,McKenzieら一連の研究であろう.従来,薬剤の皮膚吸収は専らこれが生体に浸透することのみに重点が置かれ,皮膚でそれがどのように,どの程度利用されるかどうかという点については全く考慮が払らわれていなかつた.換言すると,薬剤の皮膚吸収は,極く最近までサルチル酸(以下「サ」と略す)値や14C-labelled 「コ」軟膏の尿中排泄量の測定が優れた検査法とされ,主として,その多寡により良否が云々されていた.ところが,Malkinsonらが独特な器具gas flow cellを考案,放射性「コ」軟膏の皮膚吸収状態を,尿中排泄量を測定するかわりに,皮上に残るいわゆるresidual radioactivityから逆に皮膚吸収状態を推測したところ,ここに多量放射性物質の残る軟膏,つまり吸収の悪い軟膏ほど,臨床効果の優れていることが判り,軟膏の優劣は吸収の良否より,病巣に,活性の形でどの程度残存するかにあることが明らかにされた.また軟膏の皮膚吸収は無制限に行なわれるのでなく,病巣と皮膚表面のそれとの濃度の差,つまり濃度勾配(concentration gradient)と密接な関係のあることが併せて明らかにされた.これと前後してMcKenzieらは各種「コ」軟膏のいわゆるvasoconst-rictor activity(毛細血管収縮能)を測定,この成績を皮疹の臨床効果と比較検討して,吸収の良否と本検査成績とはむしろ負の相関関係にあり,本作用の強い「コ」製剤ほど皮膚からの吸収が遅延し,一方臨床効果はそれだけ優れていることが確認され,かくして,軟膏の皮膚吸収に関する概念はこの数年間にすつかり変貌した.