著者
梅村 絢美
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、インド伝統医療アーユルヴェーダの世界拡張の状況を、治療を受ける患者に焦点を当てることで、患者の身体上から見えてくるグローバル化について明らかにすることを目的としている。本年度は、最終年度であり、本研究課題の理論的枠組みを完成させるに十分な調査データを収集することに努めた。7月から半年間のスリランカ調査を行い、インドから伝えられたアーユルヴェーダが、スリランカにおける土着の伝統医療やその他の伝統医療と融合あるいはそれらを侵食していく状況を、現地で収集した歴史文献やアーユルヴェーダ大学における伝統医療の教育実践の現場の調査から明らかにした。こうした社会的背景を明らかにする傍ら、農村地域において地域共同体に埋め込まれた伝統医のもとで調査を行い、患者一人ひとりへのインタヴュー調査から、西洋医療やアーユルヴェーダ、スリランカ土着の伝統医療など、さまざまな医学がひとりの患者の身体に、さまざまなアプローチをしていることを明らかにした。また、スリランカ独自のカタワハと呼ばれる言霊信仰が、医師と患者とのあいだの言語コミュニケーションや、診断結果の言語化を忌避させる原因として作用していることも明らかとした。本研究の学術上の意義は、患者の身体を基点とした伝統医療のグローバル化の状況の記述およびその理論的枠組みを提示した点にある。また、社会的な意義は、今日の日本社会における医療がおかれた状況は、医療訴訟などの増大に伴い、医療実践の数値化・言語化への強迫観念的とも言える志向がみられるが、本研究が提示したスリランカの事例は、言語化を忌避するという正反対の志向がみられる。こうした事例から、インフォームド・コンセントをめぐる是非など、さまざまな問題領域における考察の道筋が開かれることが期待できる。今後、スリランカで得た事例をより入念に熟慮したうえで、日本社会における医療をめぐる問題についても考察を行なっていきたい。