著者
森 一代
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成22年度は、タイ在住のラオス人労働者と村落社会を結ぶ多様な互助実践について参与観察をおこなった。2002年以降、タイと国境を接するラオスの調査村では、タイの携帯電波を受信できるようになり、出稼ぎ労働者と家族らの国内通話が可能になった。これによって、送金といった経済活動に留まらない、電化製品や衣料品などの取り置き、仕事の紹介、タイを訪問時の宿泊提供に関する事前の打ち合わせなどが可能になった。またパクター郡の調査村では、内戦期を北タイのフエイルックで過ごした住民が多く、現在も緊密な交流が見られる。とくにフエイルック寺では調査村から見習僧を継続的に受け入れており、調査村での祭祀には必ず僧侶を派遣していることが、聞き取り調査から明らかになった。このように、タイに居住する村出身者が、自らの生活圏にあるものを活かすことで、送金に見られるような直接的な経済活動とは異なった範疇で、村落社会をタイに取り込ませていく外延化の様態が見られた。しかしながら、互助関係はさらに外延に拡大する渦中にあることが明らかになった。フエサイ郡での二度目の生業調査では、養豚の出荷先がラオス人から、県北の中国人コミュニティに代替され、豚の種類も、タイから入荷していたランドレース種から、安価かつ飼育が容易な在来種の黒豚に変更されていた。この変化に対し、住民らは現金一括払いによる大量の子豚を購入を、互助実践のひとつとして肯定的に捉えていた。中国経済の浸透による村落社会の変容は、ラオスの農村研究において、土地利用や経済的側面からの分析が中心である。規範の面から中国人の経済活動を評価する本事例は、新たな示唆に富み、今後の検討の余地を大いに残すものである。