- 著者
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森 年恵
- 出版者
- 日本映像学会
- 雑誌
- 映像学 (ISSN:02860279)
- 巻号頁・発行日
- vol.108, pp.206-225, 2022-08-25 (Released:2022-09-25)
- 参考文献数
- 59
本論は、溝口健二作品の中でまだ十分に考察されていない『噂の女』(1954年、大映)を、『ジェニイの家』(マルセル・カルネ監督、1936年)のリメイク作品として検討する。本映画は、舞台をパリのナイトクラブから京都島原の廓、井筒屋に移し、母娘と男性の三角関係などの基本プロットを受け継ぐ。ただし、三角関係に娘も恋人も気づかないまま母の元を去る原作と異なり、『噂の女』はそれに気づいた上での三者の激しい衝突を経て、男性による女性の搾取を認識することで被害者として母娘が連帯するに至る。リメイク過程の詳細な検討から、川口松太郎による小説へのアダプテーションが甘い「母もの」であったことが、製作過程に困難をもたらしたことが見える。女性の搾取という溝口の一貫した主題が導入されたものの、廓の経営者の母娘の和解が搾取への批判を弱くしたことが同時代の低評価となった。しかし、群像を描くカルネの世界を受け継ぎながら、時代を超えた搾取構造の全体を井筒屋の内部に集約したところに本映画の成果を見ることができる。原作の制約の中で新たな表現を生むリメイク映画の創造性の一例と考えられる。